本書の著者、写真家の福岡耕造が渡名喜島を訪れたのは偶然だった。いくつかの離島を撮影するため沖縄をめぐっていた彼は、大きな期待もなく那覇の泊港からフェリーに乗って、数時間ゆられこの島にたどり着く。美しい天然のフクギ林や赤れんがの屋根を見ることができたものの、沖縄で2番目に人口の少ない400人ほどしか人口のいないこの村が、福岡の心を初見で揺さぶることはなかった。港の小さな食堂にいたしゃれた髪形のおばちゃんを見るまでは。
「そのカットいいですね、どこで切ったんですか?」と福岡が聞くと、島のおばちゃんは喜々として答えたという。「福田さんとこ。内地から島に来て美容室やってるのよ。いいでしょ~、いつもここよ」
美容師の福田さんとは何者なのか? 写真家の興味はむくむくと湧きあがる。聞くと、本州の茨城県で美容室を営む男は、毎月10日ばかりこの渡名喜島を訪れ、民家を改築した美容室で島民の髪を切っているのだという。カット用の椅子がひとつ、鏡とシャンプー台もひとつ、たったそれだけの小さな美容室。だけれど、台風の日も震災の後も、必ずこの島に通い続け、ただただ島民の髪の毛を切り続ける美容師の福田さんに、写真家は自分が撮るべきものを見つけた気がしたのだ。