≪ウィーン会議、米ソ会談…歴史を感じながら≫
17世紀後半に建てられたシェーンブルン宮殿は、ハプスブルク家の夏の離宮として使用され、18世紀後半のハプスブルク家唯一の女帝、マリア・テレジア(1717~1780)の時代に、ウィーンロココ様式の宮殿として完成した。マリア・テレジアは宮殿の改装に力を注ぎ、外観は「マリア・テレジア イエロー」と呼ばれる独特の黄色に統一され、庭園も花壇と植栽を整然と幾何学的に配置。フランスのベルサイユ宮殿と並ぶほどの大宮殿となった。
また、シェーンブルン宮殿は数々の歴史の舞台としても注目を浴びた。19世紀初め、ウィーンを占領したフランスの皇帝ナポレオン1世は、この宮殿に司令部を設置。また、第一次世界大戦後の講和会議(ウィーン会議)もここで開かれた。「会議は踊る。されど進まず」という有名な言葉が生まれたのもここだ。またキューバ危機後、東西冷戦下の1961年には、アメリカのケネディ大統領と旧ソ連のフルシチョフ議長との会談が行われた。
1996年には「シェーンブルン宮殿と庭園群」としてユネスコの世界遺産に登録され、昨年は290万人もの観光客が訪れるほどの人気を博している。(EX編集部/撮影:ロイター/SANKEI EXPRESS)