と言うと、「あほらしもない、子供の見るテレビ番組やんけ」と言って歯牙にもかけぬ人が多いと思うが、しかし、本郷猛のような正義とショッカーのような悪が私たちの生きる現実の世界にあるという考えが私たちのなかにがっちりはめ込まれているのは、私たちがなにも考えないまま悪と設定されたものを自動的に憎んでしまうことからも明らかである。
と言うか、そのように考えが嵌まっているからこそ、「仮面ライダー」が作られる訳で、でも、その逆もやはりあって、つまり物語は現実と一体化して、顔面に張り付いてとれない肉付き面のようになってしまっているのである。
だから申し上げたとおり、それがないと人間は生きていかれず、ただただ働いて銭をもうけてメシを食うていくということもできない。なぜなら銭をもうける局面にも、その設定が食い込んでいるからで、もっというと、自然を自然のまま受け入れることも人間はできず、常にそれを設定の枠内に想定し、その前提の中でしか生きていけない。
だったら、それでいいじゃないか。その設定の中で頑張って生きていけばよいではないか、てなものであるが、読み狂人が、これからどうやって生きていったらよいのだろう、と思ってしまうのは、根本の大きな設定はまあ諦めるとして、時代に合わせて少しずつ積み重ねてきた細かな設定に矛盾が生じているような気がするからである。