「裁判はぎりぎりの最後の選択。本当はしたくなかった」。原告の今野(こんの)ひとみさん(43)は6年生だった長男、大輔(だいすけ)君=当時(12)=を失った。提訴したのは生存した児童から、校庭での息子の様子を伝え聞いたためだ。
大輔君は「山に逃げよう」と必死で教職員に訴えていたという。「仕方のない事故ではなかったのでは」と疑問を抱き、夫の浩行(ひろゆき)さん(52)と検証委の会合に足を運んだが、納得のいく答えは出なかった。
「学校は過ちを認め、いざという時の対応を深く考えてほしい。そうしないと、また同じようなことが起きてしまう」。目に涙をためて訴えた。(SANKEI EXPRESS)
■大川小学校 東日本大震災当時、児童108人、教職員13人が在籍。校舎は海岸から約4キロの内陸にあったが津波に襲われた。児童70人が死亡、4人が行方不明となり、教職員も10人が亡くなった。第三者の検証委員会は、このうち児童2人は欠席、早退し、別の場所で犠牲になったとしている。検証委は今年3月、「避難開始の意思決定が遅く、避難先を河川堤防付近としたことが事故の直接的要因」とする最終報告書を、宮城県石巻市に提出した。