バンクーバー五輪を目指した私は24歳のときの全日本選手権で3位となり、残念ながら夢をかなえることができませんでした。振り返れば、体はすでに限界を超えていました。最後のシーズンは、練習量に体がついていかなくなっていました。「もっと滑っていたいのに…」。痛み止めを飲んでリンクに上がる日々でした。いわば、全日本での演技の瞬間に私は完全燃焼していたのです。次の4年間を考えることはもう無理でした。
競技見つめ直して
大ちゃん、そして真央の休養を聞き、改めてスケーターの進退を考えさせられました。
海外では金妍児(キム・ヨナ)さん(韓国)をはじめ、休養後に再び五輪を目指す選手がいますが、日本ではこれまであまりなかった選択肢です。
私個人の考えとしては、選手としての理想は、試合をコンスタントにこなして実績を積み重ねていくことだと思っています。休養が大きな決断なのは、ブランクによって試合勘が失われるリスクがあり、復帰の道がそれだけ険しいのも現実だからです。安藤美姫さんが休養から復帰して、「試合はこんなに疲れるんだ」と嘆いていた姿が印象に残っています。