その翌年の個展では、著名な詩人で評論家でもあるジャン・コクトーから絶賛される。さらに前衛芸術の世界では名高いイヴ・クラインやアルマンといった作家と出会うと、1960年には大量生産品や廃棄物を使って美術品を作り出す前衛芸術運動「ヌーヴォー・レアリスム」の宣言に署名。彼らとともに、当時の前衛芸術の中心であるニューヨークやパリに対抗することを標榜(ひょうぼう)し、ニースを舞台に活動した。
しかし、大都会ニューヨークの魅力には抗しきれず、61年にニューヨーク近代美術館で行われた「アッサンブラージュ展」に、日常生活の廃棄物に美を求めて立体作品を作っていたアルマンと参加する。その名を一躍有名にしたのは、64年にニューヨークの画廊で発表された「メイド・イン・ジャパン」という作品だ。アングルの名画「グランド・オダリスク」を赤や緑などの強烈な色彩でアレンジ、画面にハエを貼り付けたりすることで伝統絵画の気取りを笑ってみせたのである。
いまや、フランスの現存する作家では画家で彫刻家でもあるピエール・スーラージュをもしのぐ価格で作品が取引されているといわれ、5月からはパリのポンピドー・センターで回顧展も行われている。(SANKEI EXPRESS)