大統領は書簡で、この発表やこれを歓迎した日本政府の声明に触れ「本当に驚いた」と言明。「双方が満足できるような交渉を続けることが望ましいが、不可能と思われる」と交渉打ち切りを通告、輸入制限立法の必要性に触れた。「こうした方法であなたに手紙を書くことになったことを、深く遺憾とする」とも記し、憤りをにじませた。
他の公開文書によると、愛知揆一(あいち・きいち)外相はマイヤー駐日米大使とこの年の3月10日に会談し、業界団体の自主規制策定に「政府は全然関与しておらず、背後で何かたくらんだことはない」と釈明。首相も大使と会い「(大統領の)期待に沿えなかったのは残念」と述べていた。
このころ、首相が最も重視した沖縄返還協定は71年6月までに調印される運びとなっていた。しかし繊維問題の泥沼化を受け、マイヤー大使は「沖縄問題への跳ね返りも心配している」と日本側に忠告した。
≪国交ない中国の国連加盟を極秘検討≫
7月24日公表の外交文書では、外務省が1960年代、国交のない中国の国連加盟容認を極秘に検討していたことも判明した。中国は当時、国連安全保障理事会の常任理事国だった台湾(中華民国)の追放を国連に要求。台湾支持の立場を取った日本は、中国支持が拡大する中で対応に苦慮していた。