中台はいずれも台湾を含む中国全土を代表する正統政府と主張。日米は台湾の議席維持のため国連対策で協力していたが、外交文書によると、大平正芳外相は64年1月の日米外相会談で「台湾が中国本土をも支配しているとのフィクションを持っているので、いろいろ問題が出てくる」と、台湾の主張は非現実的との認識を示していた。
中国支持はアジア・アフリカで広がり、フランスが64年1月に中国を承認。外務省の作業チームは「中国に代表権を与え、台湾議席も残す」など中国加盟を認める国連決議案を検討したが、中台双方の「反発は必至」としてまとまらなかった。
日中関係について64年3月の内部文書は「日中間紛争の場合に事態を重大化させない」ために「政府間の直接チャンネル」の必要性に言及。一方で、70年8月の文書は中国が日本のアジア進出の「最大の壁」になると警戒感も見せていた。
国連問題ではその後、英国までが中国寄りの姿勢を米国に伝達し、日米は71年3月の交渉で中台双方に議席を与える案を検討。ただ「中国に安保理議席も与える」との米国案に、日本が難色を示すなど足並みが乱れた。