米国は当時、中国と秘密交渉を進め、71年7月にニクソン大統領が訪中すると発表。この年10月の国連総会では中国加盟を認める決議が採択され、台湾は国連を脱退した。
≪尖閣領有権主張の台湾には抑制要求≫
台湾政府が尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権を主張し始めていた1971年5月、愛知外相が台湾外交当局者との会談で、尖閣をめぐる主張や世論の抑制を求め、台湾側が「努力したい」と応じていたことが7月24日、外交文書で分かった。
台湾は当時、北京の中国政府に国連代表権(議席)を奪われる瀬戸際にあり、会談は国連問題を中心に協議、日本は台湾の議席維持に努める方針を伝えた。米国との沖縄返還交渉が大詰めを迎えていた日本は、国連問題への支援と引き換えに尖閣の問題化を封印、台湾は国連審議で日本の支援を確実にする狙いがそれぞれあったとみられる。