菅氏は11年8月の首相辞任後、産経新聞社を除く新聞各紙やテレビ番組のインタビューに次々と応じ、自身の事故対応を正当化する発言を繰り返していた。これを吉田氏が批判的に見ていたことがうかがえる。また、菅氏が自分も政府事故調の「被告」と述べていたことから、吉田氏は「被告がべらべらしゃべるんじゃない」とも指摘し、事故調が菅氏に注意すべきだとの意見を表明した。
菅氏だけでなく、当時の海江田万里(かいえだ・ばんり)経済産業相や細野豪志(ごうし)首相補佐官ら菅政権の中枢にいる政治家たちが、東電が全面撤退する意向だと考えていたことに対しては「アホみたいな国のアホみたいな政治家」とばっさり切り捨てている。
喚いているうちに爆発
その菅氏は今年7月24日付のツイッターで、吉田調書についてこう書いた。
「吉田調書など(で)当時の状況が明らかになり、発生翌朝現地で吉田所長から話を聞き、撤退問題で東電本店に行った事も理解が増えています」
吉田氏の肉声はこれとは食い違う。政府事故調の聴取(11年7月22日)で「(菅氏は)何のために来るということだったんですか」と質問され、こう突き放している。
「知りません」
「行くよという話しかこちらはもらっていません」