彼らは自分たちで独自の「音楽と生きる方法」を選びました。商業主義に翻弄されずに好きな音楽とつきあい続けるためには、音楽を「生活の糧」とすることをよしとしなかったのです。仲間を集めてパーティーで音楽を流している間にクラブから声がかかり、クラブで音を聴いたレコード会社のディレクターに「CDを出そう」と誘われ、エンジニア&内科医としての活動を続けることを条件にCDをリリースし、彼らのペースで音楽活動を続けているというわけです。
出会いと選択
音楽業界、特にCDの売り上げはここ十数年減り続けています。音楽に限らずヨーロッパ全体の経済は決して良好とは言えない状況の今だからこそ「自力で生きる方法」をシビアに考えることはとても大切だと思います。
日本で出会う「二足のわらじ」といったスタイルで活動する音楽アーティストは、数年前までフランスには存在しませんでした。シンガーはシンガー、会社員は会社員として1つの職業に従事するのが当然で、それ以外は邪道とされていたとも言えるでしょう。整った社会保障はフランスのいいところでもありますが、「自活力」を衰えさせるという面も持っています。仕事がないと嘆いている人に出会うたびにそれを実感します。