ジョルジョ・デ・キリコ「謎めいた憂愁」(1919年、パリ市立近代美術館、提供写真)。(C)Musee_d’Art_Moderne_de_la_Ville_de_Paris/Roger-Viollet_c_SIAE,Roma&JASPAR,Tokyo,2014_E1284【拡大】
しかし、デ・キリコの形而上絵画を夢のワンシーンととらえると、魅力ある世界に見えてくる。例えば「不安を与えるミューズたち」は、10年代に描いた作品を70年代になって描き直し、彫刻にもしている題材。絵画では、暮れなずむ夕刻なのか、長い影を落とす顔のないマネキンや彫像が、古風な建物をバックに並ぶ。静けさの中に不安が混じり、美しくも憂愁さえ漂う夢のような空間を描き出している。
批評を尻目に光放つ
しかし、デ・キリコは形而上絵画だけにとどまらなかった。イザベッラをモデルに、まるでバロック時代のリューベンスが描いたような「秋」(1940)など、巨匠の古典や伝統的な絵画技法を手当たり次第に学び、作品化した。さらにその後、初期の形而上絵画をそっくり複製化して描いたこともあり、10年代のデ・キリコを高く評価したシュールレアリスムの提唱者アンドレ・ブルトンは裏切りと批判し、批評家たちは「才能の枯渇」と論じた。