大正13(1924)年に建てられ、原敬内閣で逓信大臣を務めた野田卯太郎の「身投げ無用とおことはり申す観世音」の文字が刻まれている。
関東大震災の翌年で、社会が不安定だったこともあり、鎌倉周辺の海では自殺者が相次いでいた。もとは海岸にあったが、護岸工事などで道路脇に押しやられ、約30年前、東慶寺に引き取られたという。
そういえば夏目漱石の『こころ』で、先生が自殺したのも鎌倉の海だったのでは…などと柄にもなく文学に思いをはせたものの、これは大間違い。高校の時以来、半世紀ぶりに読み直したら、先生と「私」の出会いが鎌倉の海水浴場で、自殺はずっと後のことでした。面目ない。