ヒトラー流サラミ戦術
滑稽な細工を滑稽だと感じぬズレた感覚に吹き出したくなるが、笑った時点で中国のサラミ戦術にはまっている。中国のサラミ戦術は、師と仰ぐヒトラーが牙を剥き、力攻めに頼り、最終的に英国や米国を第二次世界大戦(1939~45年)に引き込んだ拙攻を学習している。ヒトラーは大きなサラミ片を一度に頬張り過ぎた。即ち-
(1)第一次大戦(14~18年)敗戦後の非武装条約を無視しフランス国境の独領に兵を進めた《ラインラント進駐=36年3月》→(2)内部攪乱で達成した《オーストリア併合=38年3月》→(3)ドイツ人保護名目で実行した《チェコスロヴァキア・ズデーテン割譲=38年9月》と、野望はエスカレートした。サラミ戦術を許したのは、英国やフランスなどがヒトラーの恫喝とドイツの武力を恐れ、戦う決心を示さず、ひたすら宥和外交を進めた結果。(4)《ポーランド侵攻=39年9月》にたまらず、英仏は対独宣戦布告に踏み切る。
今の中国は、版図拡大にとりあえず兵器は必要ない。国権の発動=軍部隊投射はサラミを丸ごと呑み込むに等しく、野心を国際に一層印象付ける。軍事力を行使した係争海域も過去に在るが、できる限り巡視船など警察力の範囲に留めている。