現代の反物の幅は40センチ前後だが、法隆寺の国宝「四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)」は幅125センチ以上もある。ルーツを求めて南京や蘇州まで行き、残されていた清朝の織機を参考にした。3人がかりで1日に織れる長さはたった1.5センチ。手間も時間も資金もかかる。これを一人でやってのける信念と向学心はどこから生まれてくるのだろう。
吉岡氏の仕事が際立っているのは、染色作家でありながら染色史家でもあることだ。色から歴史をひもとき、美術・文学作品にまでその探求の枠を広げ、豊かな世界へ連れ出してくれる。
たとえば、吉岡氏は僕の出身地を尋ね、東京・日野と知ると、日野の歴史を鮮やかな紫色に染め上げた。紫の色を得るのに、古くから「紫草(むらさき)」の根、「紫根(しこん)」を染料としてきた。さらに江戸は紫草の産地で、日野には紫草の市が立ち、競りが行われていたことなどを教えてくれた。
「紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞみる」という古今和歌集の一句を吉岡氏が諳(そら)んじると、豊潤な風景が僕の身体を包み込んだ。