私はこれまでも、この問題の本質が人と人の関係性のゆがみにあると語ってきた。そもそもモノは無からは生まれない。そこには人の欲求がある。つまり技術や品は“応える側”として、“望む側”を魅了し初めて肯定されるのだ。この両者の関係性は大変に興味深い。“望む側”の意向をそのまま取り入れれば、評価が高まる一方で新しいモノを次から次に求められ、結果技術に溺れ本質を見失うことがある。しかし“応える側”が、良かれという気持ちから高度な技術を施し過ぎれば、味わいの濃すぎるものとなり“望む側”にアンコミュニケーション(消化不良)がおきる。特に現代はこれらの傾向が強い。だからこそ今回は、この一品をご紹介したい。
本質の意を感じて
福岡の地で九十余年の歴史を持つ「鈴懸」のお干菓子「tatamize(タタミゼ)」を初めて手にしたとき、「こういった品もあるのだ」と驚いた。むろん私も、落雁や金平糖といったお干菓子は何度も口にしている。しかし、鈴懸が作る品は素材の魅力を最大限に伝えられるよう、味と形状のバランスが絶妙だ。Tatamizeとは、フランス語で「日本趣味」を意味し、上質な阿波和三盆糖を使用している。徹底した技が施されているが、形状がシンプルであり作為は感じられない。