上村(うえむら)遼太さんの遺体が見つかった多摩川河川敷で、花を供え涙ぐむ女性。上村さんへのメッセージが書かれたバスケットボールなども供えられていた=2015年2月26日午前、神奈川県川崎市川崎区(共同)【拡大】
30回以上も連絡
市教委によると、上村さんが中学校を休み始めたのは1月8日。「学校へは家の用事で行かない」「本人と連絡がつかない」「今は家にいない。自発的に登校するまで様子をみる」「友達といるのではないか」…。担任の女性教諭は、30回以上にわたって上村さんの自宅を訪問したり、母親の携帯電話などに連絡を入れたりしたが、母親から断片的な様子が聞けたのみで、上村さん本人には会うことはできなかった。
ようやく接触ができたのは、事件4日前の16日だった。「そろそろテストが近いから学校に来ませんか?」と担任が誘うと、上村さんは「そろそろ学校に行こうかな」と、前向きに答えていた。
上村さんは昨年11月に年上のグループと親しく関わるようになったが、今年に入ってからは、親しい友人らに、グループから暴力を受けていることを打ち明け、「殺されるかもしれない」「(グループを)やめると言ったら、暴力も激しくなった」とおびえていたという。
担任に示した登校への意欲は、上村さんがかすかに発した「SOS」だったのか。