イエンシーは少しずつ「自分が誰であるのか妻に分からなくてもいい。ずっと妻のそばで静かに寄り添っていよう」との思いを強めていく。イエンシーの生き方は、人間の情感を静かに優しく表現してきた高倉の精神に通じるものがあり、チャン監督がチェンとコンに求めた演出は、自然と高倉の佇(たたず)まいを意識したものとなった。人に静かに寄り添うという意味で、撮影中によく思い出したエピソードがある。
チャン監督が北京五輪開会式の総監督として準備を進めている最中、何の前触れもなく北京にやってきた高倉と再会した。高倉は「今は大変だろうけど、これをそばに置いておけば、きっと開会式は成功するよ」と語り、日本刀を手渡した。その場で日本刀の磨き方を教えてくれたあと、布で日本刀を覆って箱に収めた。「五輪期間中も、今も、自分の仕事場に飾っています。自分の机のすぐ後ろ、1メートルも離れていない場所です。高倉さんの心がこもった日本刀がいつも私を静かに見守ってくれている。この映画の演出のヒントになったと思います」