2004年7月14日、吉林省長春市で人民解放軍の将兵らを励ます軍総政治部主任時代の徐才厚氏(右)。この2カ月後に制服組トップの党中央軍事委員会副主席に就いた徐氏の地方視察には特に大きく紙面を割いた「解放軍報」だったが、今や手の平返しで徐氏を蔑み、習近平指導部への忠誠をアピールしている=中国(AP)【拡大】
巨額の収賄などの経済問題で党の規律部門で調査を受けた徐氏だが、死去に伴い不起訴処分となっている。厳密に言うと犯罪者と確定したわけではないが、「病亡」という表現が使われたことで、徐氏は共産党内で「政治犯」と見なされていることがうかがえる。
「悲しき恥ずべき一生」
徐氏と同じく、軍制服組最高ポストである中央軍事委員会副主席を経験した張万年氏(1928~2015年)が今年1月に死去した。その時、中国共産党は訃報で「優秀な中国共産党員、忠誠なプロレタリアの戦士、革命家、軍事家、中国人民解放軍の卓越した指導者」と表現し、最大限の賛辞を贈っていた。数年前から体調を崩し、入退院を繰り返していた徐氏がもし失脚する前に死去していたら、その人生もおそらく同じように総括されただろう。
しかし、徐氏が死去した翌16日の「解放軍報」(電子版)は「徐才厚はベッドの上で監視されながら、その悲しき、恥じるべき一生を終えた。彼の人生は終結したけれど、多くの教訓を残した」との書き出しで、長文の論評記事を掲載した。17日も「徐才厚は解放軍の兵士の人生観、世界観、価値観に重大な損害を与えた」などと批判し続けた。