第二次世界大戦末期の1945年に鹿児島県沖で旧日本軍の特攻機が突入し、現在は米ハワイの真珠湾で記念館となっている戦艦ミズーリで11日、知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)に残る特攻隊員の遺書や軍服などを展示する特別展が始まった。この日は、特攻機が突入してちょうど70年の節目。多くの隊員が出撃した鹿児島県南九州市の霜出勘平市長ら日米の関係者約150人が出席し記念式典が開かれた。
産経新聞が橋渡し
産経新聞に掲載された記事がきっかけとなり日米の関係者が交流を深め、戦艦ミズーリ記念館などが知覧特攻平和会館から遺品を借り受けた。海外での展示は異例。ミズーリは東京湾で日本の降伏文書調印の場となるなど、日本との関係が深い。霜出市長は「70年の時を経て、私たちは過去の歴史に向き合う機会を得た。二度と戦争を繰り返さないことを心から願っている」と語った。
ミズーリに特攻して死亡した日本兵は当時の艦長の命令で手厚く水葬されたが、その際、手作りの「日の丸」で覆われていたなど、日本の関係者は今回の特別展を通じ新たなエピソードも知ることができた。