「縛り」の源流は吉田茂
系譜の源流は昭和26(1951)年、三井本館で米国務省顧問ジョン・フォスター・ダレス(後の国務長官/1888~1959年)と会談した吉田茂首相(1878~1967年)に遡る。なぜか評価が高い吉田だが、憲法改正→再軍備を勧めるダレスの要請を断固拒絶し、《自衛隊からの(・・・)安全確保》を国体に憑依させ続ける未完成国家へと誘導した責任は限りなく重い。かくして自衛隊は牢獄→座敷牢→軟禁と「減刑」されてはきたが、依然隔離されたまま。自衛隊が「無罪放免」され、実力を遺憾なく発揮できるその日こそ、真の憲法記念日を迎える。
国際法上の国軍=自衛隊の投射は、武力行使の有無にかかわらず戦闘能力を有する武装集団である以上、国権の発動に当たるケースが多く、場合によって政治や関係国の承認・同意が必要であることは言を待たぬ。