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【沖縄「慰霊の日」】いつか「平和の礎」へ 消えぬ呵責 (2/5ページ)

2015.6.24 09:30

仏壇の前で沖縄戦について話す大西正子さん=2015年6月22日午後、沖縄県那覇市(門井聡撮影)

仏壇の前で沖縄戦について話す大西正子さん=2015年6月22日午後、沖縄県那覇市(門井聡撮影)【拡大】

  • 沖縄全戦没者追悼式で平和の詩を朗読する知念捷(まさる)さん=2015年6月22日午後、沖縄県那覇市(共同)

 13歳だった1945年3月23日、答辞を読むはずだった旧真和志村(那覇市)の国民学校の卒業式は米軍の攻撃のため中止となった。この頃から沖縄への艦砲射撃が激しくなった。大西さんは家族とともに沖縄言葉で「ガマ」と呼ぶ天然の洞窟へ避難した。

 極度の緊張の中、2歳のめいが泣き出すたび、周りの人から「米軍機に聞こえたら爆弾を落とされる。殺してしまえ」と脅された。その場にいられなくなり、家族でガマを出て、あてどなく南方へ向かった。

 移動中も砲弾の雨はやまなかった。赤ん坊に授乳していた女性が目の前で撃たれたこともあった。大西さんも砲弾の破片が両足に当たり歩けなくなった。ラードと塩を混ぜた地元に伝わる薬を母親が作り、傷口を消毒してくれた。

 父親におぶわれ、喜屋武岬まで逃げたが、父親も激しい艦砲射撃の最中に行方不明になった。地面に穴を掘り、母親と5歳のめいの3人で隠れていたところを米軍に見つかり、捕虜となって終結の日を迎えた。

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