雨が降り続く中で行われる、口永良部(くちのえらぶ)島の住民が入居する仮設住宅の建設作業=2015年6月28日、鹿児島県熊毛郡屋久島町(共同)【拡大】
一方、寄り合い所帯の避難所はプライバシーの確保が難しい半面、身近に相談相手がいるという利点もあった。しかし、公的住宅や仮設への分散が進むと、孤独に陥る恐れがある。公的住宅に避難している自営業、貴船庄二さん(68)は「みんなが集まって情報交換できる場が必要」と話す。
新たな環境になじみ始めた人もいる。公的住宅に1人で暮らす漁師、畠喜人さん(57)。避難後、連日のように公民館や学校で卓球をして汗を流す。7月に大会を控えているといい「口永良部島は卓球をする人が少なかった。ここでは毎日できる」と笑顔を見せた。
ただ、避難が年単位に及べば、口永良部島の復興に影響する可能性も。噴火による全島避難が4年5カ月に及んだ三宅島(東京都)には、若者を中心に帰らない人が相次いだ。屋久島町の寺田猛町議は「いざ帰れるようになっても、子供がいる世帯は戻るだろうか」と、小さな島のコミュニティー維持を案じた。(SANKEI EXPRESS)