その際、参考になりそうなのは宮城県岩沼市の「玉浦西地区」の町づくりだろう。この地区は東日本大震災で被災した沿岸部6地区の住民らの集団移転先で、海岸から約3キロ内陸に約20ヘクタールの町をつくった。宅地171区画、災害公営住宅210戸が整備され、約1000人の移住予定者のうちの約9割がすでに引っ越しを終えた。
東日本の被災地では300カ所以上の集団移転事業があるが、この地区ほど早く、住民らの合意形成が進んだところはない。集団移転の話し合いではまず住民同士の協議の場が設けられ、どんな町にしたいかを徹底して話し合ったという。その際のルールは「思ったことを自由に発言することと、人の意見を非難しないこと」だった。集約された住民らの思いは、次の世代も住んでみたいと思う町づくりだった。
このやり方だと住民らに当事者意識と責任が芽生える。それが世代がつながるまちを育てる。
楢葉町のコンパクトタウンにも本音の住民参加を求めることが必要だろう。(気仙英郎/SANKEI EXPRESS)