出口に殺到した観客も多く、どこも大混乱となった。断片的な情報が作り上げたパニック状態ともいえた。
オランド大統領は試合中に執務に戻り、ドイツ代表はパリ市内のホテルには戻らず、競技場にとどまった。ドイツ代表の宿泊ホテルにも爆破予告があったといい、捜索を行ったが、爆弾はみつからなかった。
ドイツのレーウ監督は「大きな爆発音だった。衝撃を受けている」とこわばった表情で語った。ドイツ代表はそのまま競技場で一夜を明かし、15日までパリに滞在する予定を繰り上げ、シャルル・ドゴール空港からルフトハンザの特別機でフランクフルトに向かった。
爆発音は3度響き、競技場の入場ゲート付近や近くのファストフード店が自爆テロの舞台となった。テロリストの少なくとも1人は試合のチケットを所持していたとされ、彼らが競技場内に侵入し、スタンドでテロを実行していれば、さらなるパニックも含め、悲劇はもっと凄惨(せいさん)なものとなっていただろう。