広大な岩木農場を巡回する黄金崎農場の佐々木君夫社長=6月中旬、青森県弘前市【拡大】
24~26歳だった佐々木ら農家の若者4人が黄金崎農場を旗揚げしたのは1976年。佐々木は「皆、農業が好きだった。天候や相場に左右されない安定的な農業はどうしたら実現できるか、毎日夜遅くまで議論した。米国の大規模農場経営を調べることもなかったし、経営の専門知識もなかったが、熱意はあった」と振り返る。
たどりついた答えが、農業法人。毎月一定額の給料を受け取れる仕組みを作るとともに、規模拡大や機械化を進めれば、輸入作物にも負けない競争力を確保できると考えた。1人200万円の出資と借り入れを元手に深浦の農地37ヘクタールでスタートしたものの、当初の月給は3万~5万円。無給のこともあったが、食事は農場で用意。冬場には首都圏に出稼ぎに出た。苦しいながらも夢を追う日々が続いた。
しかし80年の冷害に続く81年の大雨による被害で、農場経営は大打撃を受ける。農協に借りた運転資金の返済見通しが立たなくなり、農場存続の岐路に立たされた。創業時の仲間1人はこのとき辞めていった。