だが、多目的スポーツ施設、駐車場を整備したところで財政悪化で計画が頓挫する。
大風呂敷広げず
転機は2007年に東洋大学がPPPに関する調査を紫波町に打診したことだ。地元の岡崎建設専務の岡崎正信氏が東洋大学が社会人大学院として開講したPPPスクールに1期生として入学。地元でPPPを実践したいと要望し、米国でPPP事業の経験があるサム・田渕教授らが現地視察した結果、実現の可能性ありと町に働きかけた。
ただ、「(PPP実施に向けた)報告書の住民説明会には強い反発があった。地元新聞には『黒船来襲!』とまで書かれた」(高橋氏)という。
紫波中央駅には、多額の寄付をした日詰商店街のある東側に改札出口がつくられなかった。町全体の人口は盛岡市のベッドタウンとして増えていたが、商店街は高齢化が進み、人口も減り続けてきた。駅西口から商店街まで雪道を歩いてみると20分はかかり、東側の整備も確かに遅れている。そうしたまちづくりへの不満がPPP事業への反発になったのだろう。