
産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島。当時の紙面には「手前西島、後は東島=(本社双発ビーチクラフト機にて、高橋、疋田写真部員撮影=藤本航空部長、寺坂航空士操縦)」とある【拡大】
それにもかかわらず、韓国国会は政府に対し、独島に日本官憲が不法侵入した事実について日本に厳重抗議するよう求める建議文を採択。同年7月には、韓国官憲が日本の巡視船に竹島から発砲した。
一方の日本は、竹島に不法入国した韓国人に対し、退去勧告にとどめるなど実力での排除を避ける姿勢を続けた。
藤井氏は「当時、やりようによっては、日本が竹島の実効支配を維持できていたかもしれない。竹島問題は、米国の庇護のもとで対外摩擦を避けてきた戦後日本の象徴だ」と問題提起する。サンフランシスコ平和条約が発効した昭和27年、日本は本当に独立したのか-と。この写真は、そんな疑問をも投げかけている。