【飛び立つミャンマー】高橋昭雄東大教授の農村見聞録(51) (3/3ページ)

地方から集まった農民・農業労働者組合の若きリーダーたち。この日は金融システムについての講義を受けていた=2017年9月、ヤンゴン市パンソーダン通りのIPSJ事務所(筆者撮影)
地方から集まった農民・農業労働者組合の若きリーダーたち。この日は金融システムについての講義を受けていた=2017年9月、ヤンゴン市パンソーダン通りのIPSJ事務所(筆者撮影)【拡大】

 彼らはまず農民の組織化に着手した。2012年農地法では、「村落経済の発展のために制定される法律に基づいて設立される農民の組織」について言及されている。だが、その後に公布された同法施行法や農民の権利保護・便益振興法には結成方法が書かれていないし、1992年協同組合法では土地取り戻し運動はできそうもない。そこで利用したのが、2012年制定の労働組合法施行法だった。同法30、31条には、労働組合の対抗組織として、保有面積10エーカーを超える農民は組合をつくることができる、との条項があり、これを逆手にとって、保有面積10エーカー以下の農民は労働組合を組織できる、と解釈したのである。こうしてエーヤーワディ管区域を中心に30郡で400の農民・農業労働者組合が結成された。他のNGOによって創設された同様の組合も合わせると全国で2000もあるという。

 IPSJは、村や町で、あるいはリーダーをヤンゴンに呼んで、法律の使い方や当局との交渉の仕方など、農地を取り戻す方法を教えるとともに、議員を通じて政府に働きかけたりもする。またこうした土地奪回活動の他に、農業金融、潅漑(かんがい)用水の確保、農業技術などに関する教育活動も行う。農地を取り返した後の農業経営を考えてのことである。

 民主化・自由化の大合唱の中で、まだまだ整備されていない諸制度を巧妙に利用し補完して、農民・農業労働者の発言権を強化し、福祉を向上させていこうとする、草の根からの民主化運動がここにはあった。(随時掲載)