
プレアビヒア寺院が建つ断崖絶壁のダンレック山地。眼下一帯はカンボジア領=タイ・シーサケート県【拡大】
判決から5年の今も
1904年のシャム仏条約をきっかけとしたタイ・カンボジア国境紛争は、戦後になっても小競り合いが絶えなかった。カンボジアは国際司法裁判所への提訴で対抗。タイは、武力で実効支配を続けた。寺院が世界遺産に登録された2008年以降は、大規模な武力衝突も発生。死傷者も出ている。このときの陸軍司令官が、現在の軍事政権を率いるプラユット暫定首相だ。
この間、タイの歴代政権は、有効な具体策を何ら提示できずにいた。「愛国心」が政権を揺るがしかねない危険をはらむと捉えていたからだ。ようやく解決に向かったのは11年にインラック首相がカンボジアを訪問してから。13年には国際司法裁判所もカンボジア領との判断を示し、対峙(たいじ)する両軍も治安部隊を残して撤退を進めた。
それから間もなく5年がたつ。だが、国境は依然閉ざされたままで寺院への参拝再開を願うタイ側の望みは今もかなえられていない。治安部隊のにらみ合いにも終わりは見えない。陸上の国境が持つ複雑な問題が、ここには存在する。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)