もちろん、EUも混乱は回避したい。もはや離脱が不可避なら、関税同盟型の経済関係を維持して、軟着陸させるしかない。それがメイ英前政権と合意した、北アイルランドの国境管理策である。
英政府の予想によると、「合意なし離脱」となれば最悪の場合、英仏海峡の貿易は現在の40%に減少する。英国は生鮮食品や医療品が不足し、輸出するEU側にも当然、大損が生じる。EUに今ひとつ危機感が乏しいのは、これだけ英EUの関係が深い以上、双方が危機打開に動く余地がまだあると見るからだ。
一方でEUは、「英抜き時代」の体制固めを急ぐ。11月には、フォンデアライエン委員長が率いる新たな欧州委員会が発足する。英仏独の3国均衡が崩れ、メルケル独首相の指導力が陰る中、若いマクロン仏大統領が主役に躍り出つつある。持論のEU改革を進め、イラン危機やロシア外交で欧州の主導権を握ろうという野心が見える。
EUの懸念は、ジョンソン英首相が強行離脱という「はったり」を利かせすぎて、自縄自縛に陥ることだ。ブリュッセルにある欧州政策センターのファビアン・ズレーグ所長は、「ジョンソン氏は『われわれの真剣な提案に、邪悪なEUが応じない』と英国民に示したいだけ。現実には、EUへの具体的提案はない」と喝破する。英国がEUに残ったまま、ジョンソン氏が総選挙で勝利すれば、「民意」を盾にEUに強硬に譲歩を迫るのは確実。EUには、「合意なし離脱」以上に嫌なシナリオになる。