疾風勁草

ジョゼフ・フーシェと菅総理 疾風が問うNo.2とNo.1の違い (1/2ページ)

高井康行
高井康行

 No.2たる官房長官としての成功

 最近の菅義偉総理をみていると、つくづく、総理と官房長官とでは、要求される素質が違うのだなと思わせられる。菅総理は、安倍晋三前総理の下で8年間近く官房長官を務め、周囲から極めて有能な官房長官と評価されていた。実際に、官房長官として有能だったからこそ幾度もの内閣改造を乗り越えて一貫してその立場を維持していたのだろう。

 私は当時、菅官房長官をみていて、フランスの政治家ジョゼフ・フーシェを思い出したことが何度もあった。ジョゼフ・フーシェは、フランス革命・ナポレオン帝政(フランス第一帝政)・復古王政を生き抜いた政治家だが、その力の根源は情報収集力にあったという。

 官房長官の相手は官僚である。官房長官は官僚の総元締めとして、各省の情報が集まる立場であるとともに、各省の幹部官僚の人事権も掌握する立場である。菅官房長官は、その人事権を十二分に活用し、各省官僚を安倍政権の目指す方向に向かって動かすことに巧みであった。

 その手腕をして「豪腕」と言わしめ、マスコミによれば、「公安顔」と評する人もいたようだ。もともと官僚から見れば、人事権を握られているということは自己の生殺与奪の権を握られているのと同じである。だから、たとえ菅官房長官が「公安顔」だろうが、その言葉に人の心を鷲づかみにする魅力がなかろうが、ものを言うときに伏し目がちになろうが、そのようなこととは関係なく、菅官房長官が掌握している人事権にひれ伏してその言葉には従うだろう(心から従うかどうかは別として)。

 こうして菅氏は、官房長官としては確かに成功したと言える。菅氏はその余勢を駆って、安倍前総理の政策を引き継ぐとして後継候補に名乗りを上げ、首尾よく総理の座を射止めることとなった。

 ジョゼフ・フーシェは常にNo.2以下の立場にいて、No.1に強い影響力を行使していた。それが彼が、革命時代、ナポレオン時代、復古王政の時代を有力政治家として生き抜くことができた所以(ゆえん)であろう。

 もし彼が、ナポレオン失脚後に自分がフランスのNo.1になろうと画策していたとしたら、おそらくあの変転著しい時代を生き抜くことはできなかっただろうと思う。

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