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なぜ日本車は米国で浸透したのか 「最高品質」を造ろうというプライド
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米国製のホンダ主力車「シビック」
日本車メーカーが米国での現地生産に乗り出してから、昨年11月で30周年という節目を迎えた。なぜ日本車は米国に浸透したのか。答えの一端を生産現場で考えてみようと、米オハイオ州のメアリズビルにあるホンダの工場を取材した。
洗練された作業員の仕事ぶりにも感銘を受けたが、感心したのが工場内がゴミ一つなく研究室のように清潔だったこと。工具などの整理整頓も徹底しており、エンジニアのスティーブ・ロドリゲスさんは「第一は安全確保だが、作業効率を高める狙いもある」と話してくれた。
白い作業着も印象的だ。制服着用が珍しい米国では当初戸惑いもあったというが、「家族のような絆を育んでくれる。気に入っているんです」と工場長のロブ・メイさん。
東日本大震災で減産を余儀なくされた際は、遊休時間を“活用”し、部門ごとの対話集会を開いて連帯感を一層高めたそうで、「日本流のきめ細かい生産・品質管理と、コミュニケーションを大事にする米国人の良さがうまく融合できた」という。
ホンダが日本車メーカーで初めて米国で四輪車の生産を始めたのは1982年11月。ホンダで28年間勤めるメイさんも、草創期の米国ホンダを知る一人だ。
なぜ日本車は米国で浸透したのか。その問いかけにメイさんは「最高品質の車を造ろうという気概だ。今でも組み立てラインを歩くたび、ホンダのプライドを感じる」と即答した。
メイさんなど米国人の工場幹部は若手作業員や他の工場への指導も行っており、「かつて日本人に学んだ自分たちが、今は先生の立場になった」と胸を張る。
日本車メーカーが北米生産を始めたのは、日米通商摩擦で輸出規制を迫られる中、生産から販売まで一貫した「現地化」を余儀なくされた事情が大きい。
だが、今では北米の現地生産比率が9割を超すホンダをはじめ、トヨタ自動車や日産自動車など各社が東部から中西部を中心に複数の生産拠点を構築。米市場にしっかりと根を下ろした日本車メーカーは雇用など地域経済にも貢献している。
数年前のトヨタのリコール騒ぎで日本車が誇る品質への評価が揺らいだ際も、各社は粘り強く顧客への説明を続け、安全管理も強化した結果、「日本車の信頼は逆に強まった」(米自動車販売業者)との声が多い。
順調に走る日本車メーカーにとって気がかりなのが、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)をめぐる動きだ。
日米の事前協議は決着したが、産業界や議会には日本車の輸出攻勢への警戒が強い。現地化が進んだ日本車の米市場での生産・販売への影響は限定的との見方もあるが、今後の展開次第では北米戦略に影響が及びそうだ。
それでも、何度となく挫折を乗り越え米国に根付いた日本車は新たな正念場も乗り越えるのではないだろうか。
30年という時の重みが日本車のブランドに加わった今、改めてそう思う。(産経新聞ワシントン支局 柿内公輔)