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【開発物語】「追憶の香り」缶コーヒーで再現 「ボス グランアロマ」挑み続けた十数年
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「ボスグランアロマ」の豆を持つサントリー食品インターナショナルの南善清さん=8月14日、東京都中央区
サントリー食品インターナショナルが、缶コーヒー「BOSS(ボス)」シリーズで、“ボス史上もっとも香る”と銘打つ新商品「ボス グランアロマ -香るボス-」を8月20日に発売した。自慢の「香り」の秘密は、収穫したコーヒーの実から不要な部分を除き、コーヒーの生豆を取り出す加工工程に、なんとシャンパン酵母による発酵を導入するという新発想だ。
「やってみなはれ」という言葉で知られるサントリーグループの創業以来の挑戦の精神が、缶コーヒーの常識を変えた。
グランアロマの開発プロジェクトが立ち上がったのは2001年。当時、順調に売り上げを伸ばしていたボスの一段の強化に向けて「他社が作れないオリジナルのコーヒー技術の開発」を目指したのが出発だった。
開発の方向性のヒントとなったのは、ボスの生みの親として長年、コーヒー開発に携わってきた高橋賢蔵氏(現国際事業部副事業部長)のある思い出だ。
高橋氏には、どうしても「再会」したいコーヒーがあった。
1987年にコーヒーの担当となり、その頃に出会った「モカマタリ」というイエメン産のコーヒー豆。フルーティーな香りに高橋氏は「恋にも似た高揚感」を覚え、入れ込んだ。だが、その後は「近代化で豆の精選加工法が変わってしまったためか、同じモカマタリに会うことがなかった」という。プロジェクトチームは、この「追憶のモカマタリの香り」の再現に挑む。
チームはこれまでの研究から、モカマタリの香りの秘密は豆の加工に発酵技術を使うことにあるのではと見当をつけていた。早速、約300種類あるとされる酵母の選定にとりかかった。
グループで発酵技術を得意とする担当者の協力を得て、手始めにサントリーグループが保有するビール酵母で試してみると、ビールのような香りになった。ウイスキー、日本酒、乳酸菌と数多くの酵母を試すうちにワイン系統に絞り込む。そのなかで、最終的に「一番香りだちがいい」と感じたシャンパン酵母を選んだ。
発酵に使用する酵母の数や温度を何度も調整する試行錯誤を繰り返し、約4年がかりで追い求める香りを作り出す発酵ノウハウをようやく見つけ出した。
もっとも、商品化に向けた勝負はそこからだった。量産品の缶コーヒーに仕上げるには、独自の発酵技術をコーヒー豆作りに受け入れてくれる農園を新たに確保するという難題が残っていた。
その任を背負って、2005年から中南米や東南アジアで協力農園探しに奔走したのが、プロジェクト立ち上げ時に新入社員として、高橋氏の下に配属された研究開発部の南善清氏。案の定、各地の農園は未知の発酵法に抵抗感を示し、南氏は苦戦を強いられた。
辞書を片手に、発酵の効果を説明しながら農園を渡り歩く日々が続いた。長いときで、コーヒーの実の収穫時期に合わせて約3カ月間も1人で滞在することもあった。運良く理解者と出会えることもあったが、今度は長期間にわたる生産テストの負担から「もう付き合えない」と断られた。発酵させるには完熟したコーヒーの実だけを集める必要があったが、機械による大規模収穫が広がり、未熟な実を含めて収穫してしまう農園がかなりあることも壁になった。
農園が確保できないまま5年が経過し、南氏の焦りは募っていた。当初、ボスが誕生20周年を迎える12年の発売を目標としていた。「こんなに時間をかけたが商品化にこぎつけないのでは」。「やってみなはれ」の本質である「必ず成果を出す」が重圧として、異国の地で南氏にのしかかった。
局面を変えたのは、関係部署の上司からの助言だった。「もっと柔軟に、幅広く探してみろ」。協力を得られる可能性のありそうな農園を口説き落とすことに注力するあまり、狭まってしまっていたパートナー探しの視界が、この一言で大きく広がった。東京本社では、同事業の見直しや打ち切りを検討することもなく、南氏の報告を待っていた。
気持ちも新たに動き出した南氏は、ようやく日系2世のトミオ・フクダ氏が運営する理想的な協力農園をブラジルに得る。同農園は機械による収穫にもかかわらず完熟した実をそろえることができ、何よりもトミオ氏は品質を重視して研究熱心だった。
生産テストを繰り返しながらトミオ氏との信頼を深める中、中南米にも協力拠点を見つけ出し、大規模で安定したコーヒー豆の調達網の確保に、ついにめどが立った。
発酵させたコーヒー豆は、協力農園の生産者から「これはすごい」と高い評価を受けた。約8年をかけ、9カ国約30カ所を回った農園探しを含め、入社以来、ほぼ全ての時間と努力をこのプロジェクトに注いできた南氏の苦労が一気に喜びに変わった瞬間だった。
グランアロマが店頭に並ぶ今。南氏は「酵母の種類や組み合わせで違うおいしさが生まれるかもしれない。まだまだやってみたい」と話す。高橋氏の薫陶を受け、南氏らに受け継がれた探求心が、ボスの新たな進化につながる。
開発プロジェクトで中心メンバーとなった南氏は、コーヒーはもちろん食品開発には全くの素人だった。大学では機械工学を専攻。サントリー入社に当たっては、漠然と「工場の生産ラインに関わる仕事をすることをイメージしていた」という。入社直後の辞令で配属されたコーヒー商品の開発担当。畑違いの業務に「自分にできるのだろうか」と不安を抱え、自信もなかった。
だが、結果として経験がなかったことが、プラスに働いた。上司の高橋氏は、基礎知識を必死で習得する南氏にときに厳しく指導に当たり、一方で、いい意味で業界に慣れていない若い南氏とアイデアを話し合うことを好んだ。南氏は「私が“異分子”だったからこそ、互いに異なる視点の“化学反応”が起きていい方向に進めたのでは」と振り返る。
また、南氏には心強い同期仲間がいた。南氏と同じ2001年に入社した食品事業本部ブランド戦略部の糸瀬大祐氏は、南氏が農園探しに奔走するなか、グランアロマをどのように売り出すか、本社でマーケティングの作戦を練るのに追われていた。
「ボス」ブランドの新商品とするか新たなブランドを立ち上げるか、容器は缶にするかペットボトルにするか-。見せ方、売り方一つがグランアロマの売り上げを左右する。南氏をはじめ中身を開発するメンバーの努力を最大限の成果につなげようと取り組んだ。
ボスが国内シェア2位を誇る缶コーヒー市場は縮小傾向にあり、最近では、日本コカ・コーラやキリンビバレッジが、新たな客層の獲得に向けて小型ペットボトルを投入する動きも出てきた。だが、糸瀬氏らは「メーンの主戦場を取りに行く」と、「ボスの缶コーヒー」として発売することを決めた。もちろん、「中身に絶対的な自信があった」からだ。
南氏と糸瀬氏は「(入社から)十数年後にこうしたかたちで同期と一緒に仕事ができるとは」と感慨深げに笑いあう。これから会社を引っ張っていく中心となる「01年組」の成長と頼もしさも印象づけた。
日本はコーヒー消費大国で、年間輸入量が米国、ドイツに次いで世界で3番目に多い。ここ十数年は、年間40万トン台で推移している。全日本コーヒー協会によると、日本で1人当たりが1週間に飲む量は10.73杯(2012年)。ここ数年は大きな変化はなく、コーヒーが日常的に飲まれていることが分かる。内訳は、インスタント4.46杯、レギュラー3.20杯、缶1.93杯、リキッド1.14杯だった。
だが、国内缶コーヒー市場を取り巻く環境は厳しい。調査会社の富士経済によると、12年の国内缶コーヒーの市場規模は前年比1.0%増の204万8600キロリットルとなった見込みだが、13年は0.3%減とマイナスに転じ、17年には12年比2.2%減の200万3400キロリットルに縮小すると予測している。
背景には少子高齢化で缶コーヒーの主要顧客である中年男性が減少し、コンビニエンスストアが割安な価格でオリジナルの店頭コーヒーを販売するなど、異業種との競争も進んでいることなどがある。
飲料総研によると、12年の国内缶コーヒーブランド別出荷数量は、日本コカ・コーラの「ジョージア」が1億1260万ケースとトップで、サントリーの「ボス」が7620万ケースと2位。「ワンダ」(アサヒ飲料)4000万ケース、「ダイドーブレンド」(ダイドードリンコ)3150万ケース、「ファイア」(キリンビバレッジ)2450万ケースと続く。
10年前と比較すると、ジョージアが約2割減となった一方、ボスは約1.5倍増、ワンダは約2倍増と差を縮めている。秋冬に向けて各社は新商品を投入しており、激しいシェア争いが加速する見込みだ。
日刊新聞を作っている記者にとって、入社以来十数年をかけて一つの商品を作り上げるというのは、正直、気が遠くなるような話だった。もっとも、グランアロマはサントリー食品インターナショナルのなかでも開発に時間がかかったという。それくらい新しい挑戦だった。
清涼飲料は1000個の商品を売り出しても3つしか当たらないとされ、入れ替わりも激しいが、一つ一つの商品に惜しみない力が注がれていることを改めて感じた。食品業界では割安なプライベートブランドの存在感も増しているが、メーカーならではの開発力を見せつけられた。(金谷かおり)
サントリーホールディングス傘下で清涼飲料事業を手がける中核会社。主要ブランドにコーヒー飲料「BOSS(ボス)」、茶系飲料の「サントリーウーロン茶」や「伊右衛門」、炭酸飲料の「ペプシコーラ」や「オランジーナ」などがある。
2013年7月、東証1部に新規上場。同年1~6月の売上高は前年同期比10.8%増の5179億円、営業利益は25.9%増の276億円、最終利益は95.7%増の119億円で、通期でも増収増益を目指す。
9月には欧州製薬大手の飲料事業買収を発表するなど、海外市場での事業も強化している。