いまやデスクワークに欠かせないパソコン。IT技術の進歩はめざましく、仕事の効率アップに大きく寄与するのは周知だが、サントリーホールディングス(HD)はパソコンの使用を禁止する時間を設けている。
なぜならITに頼りすぎると顔と顔を合わせる際のコミュニケーション能力を阻害しかねないという考えがあるからだ。米蒸留酒大手ビームを買収し、ローソンの新浪剛史会長を次期社長に招いてグローバル企業へと突き進むサントリーHD。世界戦略は“脱IT依存”から?
とある水曜日の午後。大阪・堂島にあるサントリーHDの本社オフィスの空気が一変した。社員の多くがパソコンの電源を落とし、席を離れてあちこちでミーティングや勉強会を始めたのだ。
席を立ち得意先まわりに出かけたり、普段はなかなかいけない現場を見にいったりする社員も。社内でパソコンに触れる人間はほとんどいなくなった。社員がモニターに向かってキーボードを触るという一般的なオフィスとは一風変わった光景が広がった。
これが、サントリーHDが平成24年12月から実施している「プレミアムタイム」。毎週水曜日の正午から午後3時まで、原則として社内のパソコンを使ってはいけないのだ。
「パソコンに接する時間が長くなると、社員の現場力や営業力、コミュニケーション能力が失われいくのではないか…」。サントリーHDの佐治信忠会長兼社長はこの種の危機感をずっと持っていたという。
こうした問題提起を受けて、社内で立ち上がったITの活用方法について検討するプロジェクトチームがプレミアムタイムの導入を決めた。
サントリーHDの担当者によると、プレミアムタイムは「コミュニケーションをとったり、現場を体感したりするための時間」に充てるという。「ITとアナログのバランスがとれた、創造的で効率的な仕事」をしてもらうのが目的だ。
「仕事が非効率になり、水曜日の残業が増えるのではないか」と疑うところだが、実際は「趣旨を理解し、むしろ時間を有効活用している。アナログの大切さが見直されている」(担当者)という。
ITの有効性は否定できない。しかし「メールで意図が正しく伝わるとはかぎらない。仕事は結局、対面によるコミュニケーションで成り立っている」(関係者)。サントリーHDはそんな“基本”へ立ち返ろうとしているのだ。
京都府精華町で建設が進む研究開発拠点「サントリー ワールド リサーチセンター」。鳥井信吾副社長は5月の起工式後、「新しい発想は領域と領域の接点で生まれる」と強調した。通信や環境関連など企業や大学が活発に、直接“顔を合わせる”ことを期待する。ここでも基本は生きている。
サントリーHDは6月に約1兆6千億円を投じ、ビーム買収に踏み切った。さらに10月からは、ローソンの海外展開などで手腕を発揮した新浪氏が陣頭指揮を執る。
平成26年12月期の売上高は約2兆5千億円を見込むが、これを32年には4兆円に引き上げる計画。その実現のため、積極的なM&A(企業の合併・買収)を軸にグローバル展開を本格化する構えだ。
世界で戦うM&Aなどには「五感で相手のことを理解しようとする」(鳥井副社長)誠実さが必要だ。ITは確かに世界の距離を縮めたが、あくまでもツール。脱IT依存のプレミアムタイムは、サントリーが目指す強い組織力醸成の一端を担っていくに違いない。(飯塚隆志、中村智隆)