三洋電機元会長「銀行にだまされたほうが悪い」 往年の名経営者の面影なく
更新実は、井植氏は別の証券会社を引き受け先とする3千億円の転換社債の発行を画策したことがある。金融3社にデューデリジェンス(資産評価)のコストと違約金などを払えば、転換社債の選択肢はあったが、結局は実現しなかった。そして井植氏は19年に経営の一線から退いた。
ここで主力取引銀行側から「悪いようにしない」と懐柔されたなどの話が残されている。井植氏も後に著書で主力行への恨み節を書いたこともあるが、三洋の消滅に至っては「だまされたほうが悪い」という心境になっていたということだろう。
ライバルの軍門
その後、三洋は金融3社の監督下で経営再建を進めたが、20年のリーマン・ショックを機に情勢が一変した。金融3社側は利益を見込めるうちに三洋株を手放す意向を強めたのだ。国内外のメーカーが売却先の候補として検討されたが、パナソニックが受け皿に決定した。21年にパナソニックに買収され、23年には完全子会社となった。

