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「原発ゼロ」小泉流“一点突破”では、国力衰退の恐れ
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【日曜に書く】
久しぶりに小泉純一郎元首相のキレのよい演説を聞きながら、「ポピュリズムの鼻がうごめいたか」と考えた。ご自身が声高に言い始めた「原発ゼロ」に関連して、首相時代に自民党内で反対が強かった郵政民営化を実現した経緯を振り返る。
「首相の判断力、洞察力の問題だ。舵(かじ)をきってほしい」
なるほど小泉氏の得意技は、ワンフレーズによる「一点突破、全面展開」の大衆アピールである。平成17年の総選挙では、「郵政民営化」だけを掲げて圧勝した。だが、国家の責任を負う安倍晋三首相はとてもそんな手法はとれないだろう。第一にコストがかかる。
日本が平成23年に30年ぶりの貿易赤字に転落したのは、ひとえに石油、天然ガスの買いまくりにある。すべての原発を止めて「ゼロ」にすれば、石油など化石燃料の輸入に巨費を要するのは道理だ。
平成25年は福島事故前の燃料輸入費より、3兆6千億円も多く支払わなければならなくなった。消費税を1%上げると2兆7千億円が国庫に納まることを考えると、それを超える札束を海外にばらまいたことになる。
小泉、安倍両氏は派閥の系譜が同じでも、おかれた時代環境、政治手法、それ以上に国家戦略が違う。小泉氏の一点突破は、政策の突破口を探し当てると力を結集して全面展開していく。ところが安倍首相のそれは、世界を俯瞰(ふかん)して戦略を立てると、周到にコマを動かす。
小泉氏は「点」に集中するが、安倍首相は「面」を考えていよう。安倍首相の資源外交チームは、南シナ海からインド洋を経て中東に延びる経済動脈を視野にとらえている。
日本のエネルギー自給率をみれば、東日本大震災で原発が止まって20%から6%に落ちた。ドイツなど主要国は10%程度を維持している。自給率が低ければ、資源国や輸送ルート上で紛争が発生すると、とたんに大きなダメージを受ける。石油飽食国家の中国が世界で買いあさっているときに、小泉氏のいう「(原発ゼロで)知恵のある人がいい案を出してくれる」までの期間をどうするのか。
第1次石油ショックの際は、90%を海外に依存していたため経済が直撃を受けた。この苦い経験があるからこそ日本は原子力に取り組んだ。ところが3・11の大震災で、再び化石燃料の依存度が92%に跳ね上がり、石油ショック時より悪くなった。
しかも、日本を震撼(しんかん)させる出来事が平成23年末から数カ月間、イランの核開発をめぐって起きた。イスラエル軍がイランの核施設を空爆するとの情報に、イラン軍部が「ホルムズ海峡を封鎖する」と公言した。日本の石油は中東に83%を依存し、ペルシャ湾のホルムズ海峡を8割が通過するから、紛争が起きれば石油は止まる。
米第5艦隊が1週間でイランを制圧したとしても、狭いホルムズ海峡の機雷除去には数カ月もかかる。機雷をばらまかれるだけで商用タンカーは動けず、中東石油に依存する日本は干上がるだろう。この間に、日本は数カ月分の石油備蓄をはき出すしかない。それが原発用のウラン備蓄なら2年分、仏露からかき集めれば5年分になるから効率性は格段に違うのだ。
だから、日本のエネルギー戦略は“虫の目”の狭い了見で一点突破するのではなく、“鳥の目”で世界を俯瞰することが求められる。安倍首相が師匠筋の小泉氏の発言を念頭に「今の段階で原発ゼロを約束することは無責任だ」と述べたのは、やむにやまれぬことだった。
そうしてみると、小泉手法の継承者は安倍首相ではなく、「脱原発」を掲げる民主党の菅直人元首相であろう。菅氏は大衆ウケする課題を探し当て、「一点突破、全面展開」する術を心得ていた。平成22年の民主党代表選では「脱小沢」で一点突破を狙った。小沢一郎元代表が政治とカネで国民の非難を受けると、間髪を入れずに全面展開である。
原発の怖さは誰しも福島第1原発で知っている。できれば避けたいとは思うが、国内の再生可能エネルギーではとてもまかないきれない。東京都内に建つすべての一戸建て家屋に太陽光パネルを張っても、原発1基分にしかならない。それがわが国エネルギー安全保障の宿痾(しゅくあ)なのである。「原発ゼロ」を夢見る一点突破では、日本の国力は確実に衰退する。(論説委員・湯浅博)