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GMも寒からしめるテスラの快走
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「わが社の脅威になるのかどうか。徹底的に調べ上げろ」
米自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)社内で先日、ダン・アカーソン最高経営責任者(64)が“緊急指令”を発した。米電気自動車(EV)ベンチャーのテスラ・モーターズを分析する特別チームを作り、既存の自動車メーカーのビジネスモデルを切り崩す可能性があるのか研究させようというのだ。
設立からわずか10年の新興企業が、米自動車産業を長年リードしてきた「王者」GMの心胆寒からしめつつあることを象徴する出来事といっていい。
テスラが文字通り“快走”している。品質問題などトラブル続きの時代もあったが、提携するトヨタ自動車の支援もあって創業10年の今年、悲願の黒字化を果たし、政府融資も完済。株価もうなぎ上りで、大手の一角に食い込もうという勢いだ。
「長く苦しい期間、チャンスを与えてくれた消費者と投資家には、ただ感謝の言葉しかない。そのおかげで今のテスラがある」
テスラが5月に政府融資を当初計画より9年も前倒しで完済した際、創業者のイーロン・マスクCEO(42)は、ツイッターで感無量とばかりにつぶやいた。
実際、テスラのこれまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。電子決済大手ペイパルの創業者でもあるマスク氏がテスラを設立したのは2003年。異業種のIT界からの参入で話題を呼んだが、開発・製造が遅れ、資金繰りが悪化し、従業員の大量解雇も経験した。マスク氏は巨額の個人資金をつぎ込む一方、08年からは自らCEOに就任して経営の立て直しに奔走した。
その08年に販売された「ロードスター」は10万ドル(約960万円)近い高値にもかかわらず人気を集め、昨年出荷を始めた量販型セダン「モデルS」も1~3月期の販売台数が約4900台に達し、四半期ベースで初めて黒字を計上した。米誌ナショナル・ジオグラフィックは、「テスラはEVのイメージを、『最先端の技術が満載の楽しい豪華な車』へ変貌させた」と評している。
米国のEV市場全体でみれば決して順風とはいえない。EVの販売台数は月間8000台程度で、新車販売市場の1%にも満たない。そんな中でテスラが成功したのは、あえて高級EVに特化するという差別化戦略が大きな理由といえる。
逆に他社は販売が低迷する中で、値下げに追われる悪循環に陥っている。GMは8月6日、「ボルト」の最低価格を5000ドル引き下げ、3万4995ドル(約340万円)にすると発表した。日産自動車も年初に低価格モデルを投入し、米フォード・モーターも値下げに踏み切るとしている。
とはいえ、テスラと同じく高級EVを手がける米フィスカー・オートモーティブは経営難に直面している。テスラがしたたかだったのは、他社から学べるところは学ぶ柔軟な戦略も持ち合わせていたことだ。
10年5月にEVの共同開発でトヨタと資本・業務提携したのが追い風となり、直後にナスダック市場に上場した。初値が19ドルの株価は今年5月に100ドルの大台に乗せ、7月に入っても最高値を更新。今や時価総額はフォードの4分の1に迫るほどになった。10年には日本市場への参入も果たし、日本でも知られる存在になりつつある。
テスラが8月7日に発表した4~6月期決算はコスト増などで最終損益こそ赤字に再び転落したが、モデルSの販売は1~3月期より拡大し、マスク氏は「世界需要は引き続き伸びている」と強気を崩さない。「GMなどビッグ3(米大手3社)を脅かす可能性が出てきた」と指摘するアナリストさえいる。
だが、テスラにも死角が見当たらないわけではない。本社のあるカリフォルニア州や連邦政府の環境優遇税制に支えられる面が大きく、一部金融機関は株価目標を最近引き下げた。テスラは無料充電スタンドを全米各地で整備する計画も打ち出したが、長期的には車種の拡充なども課題となりそうだ。
これからは冒頭のGMのように他社のマークもきつくなり、競争も激しさを増すだろう。その中でも安定して業績を伸ばしていけるか。ある意味、ここからがテスラの正念場だ。(ワシントン支局 柿内公輔/SANKEI EXPRESS)