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【軍事情勢】家康と米太平洋軍司令官が嫌がる「弱敵」
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米太平洋軍司令官のサミュエル・ロックリア海軍大将(58)の発言は、徳川家康の格言を連想させた。家康曰(いわ)く-
「世に恐ろしいのは、勇者ではなく臆病者だ」
意味は幾つかあるが今回、小欄では次の如く解釈する。
《弱い軍は緊張・劣勢状態に陥ると指揮官の指揮・統率が乱れ兵は暴発。命令違反や過剰攻撃、潰走を抑えられなくなってしまう。捕虜や民間人に対する虐殺・暴行も横行する》
格言を連想させたのは、中国人民解放軍海軍に関するロックリア提督の以下の公言(7月)だった。
「将来的に、国際経験の浅い現場指揮官の判断ミスで、偶発的衝突が起こり得る」
提督の脳裏に尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の海上自衛隊護衛艦へ、中国海軍フリゲートから火器管制レーダー(FCR)が2度にわたり照射された1月の「事変」があったか否かは興味深い。一歩間違えれば、国際法上も反撃が許される戦闘状態に入る、極めて危険な「戦局」だった。
共産党中央の承認を受けず、軍中央が命じたのであれば《文民統制=シビリアン・コントロール》に変調をきたしている。党が公認・黙認したのなら、軍のガス抜きとも観測できる。現場指揮官独断なら《軍紀・軍律の弛緩(しかん)》である。それぞれに危険をはらむが《軍紀・軍律の弛緩》に絞り小欄を進める。
確かに、兵役義務(18~22歳/高等教育機関学生は24歳まで延長)のある中国の憲法第55条にはこうある。
《祖国防衛と、侵略への対抗は国民一人ひとりの神聖な職責である》
しかし、条文は次第に《祖国防衛と、侵略への対抗は一人ひとりの自由である》へと変化する可能性を持ち始めた。
《一人っ子政策》も一因だ。一人っ子政策は爆発的人口増加に歯止めをかけるべく、1979年に始まる。2008年には一人っ子が1億人を突破し、人口の1割近くに迫った。それでも、違反者に年収の3~10倍以上の罰金を科すことで、短期間で政策目的を達した。ただ、第二子を宿した妻を連行の上、強制堕胎させ、危篤に陥らせたことに激憤した陸軍将校が、追手の将兵・警察官、民間人ら24人以上を射殺するなど、負の遺産を生み続けている。
「小皇帝」と呼ばれる一人っ子の存在もその一つ。一人っ子全てではないが「過保護に育てられ、わがまま・非協調性」が目立つ一人っ子を指す。軍の行動は《私権抑制と高い協調性》を基本とする。最も軍に馴染まぬのが小皇帝だ。だのに、小皇帝を含め一人っ子は軍内に10万人も在籍。1979年生まれなら34歳、90年代前半なら成人で、前線での主力と期待される世代となった。
《私権抑制と高い協調性》の欠如は小皇帝に限らず、一人っ子世代の特徴でもある。経済の飛躍的向上で、有力な稼ぎ先として人気だった軍も、他の就職先や学業の場に魅力を完全に奪われた。若い世代は「価値観」という自我に目覚め「厳しい規律や訓練はイヤ」と。一人っ子を溺愛する親なら尚「何もそんな苦労をさせなくとも」となる。
斯(か)くしてアノ手コノ手で兵役逃れが横行する。もっとも、生活が向上し、甘やかされて育つ若者の肥満や近眼の比率も高い。北京市が行った志願兵募集では、志望した大学生の6割が不合格となった。党が指導する青年組織の機関紙によると、市内の大学で3500人が参加した2週間の軍事教練では、延べ6000人超がケガやめまいを「理由」に医療機関に駆け込んだ。
間違いなく、彼らの戦意・錬度は乏しい。中国軍の脅威にさらされるわが邦には朗報だ。ただし《弱敵=我の安全》ではない。この種の若者が最前線で、指揮官や下士官に就くのは別の意味でアブナイ。
明治二十七八年戦役=日清戦争(1894~95年)中の海戦を例に採る。彼(か)の時代、目視できる距離での砲戦で、殺(や)らなければ殺られると体感できたし、血だるまになった戦友を見て復讐(ふくしゅう)心に燃えた。地獄から生還するには、命令に服し、持ち場を離れず、撃ち続ける以外にない。防衛本能の自然な発露でもあった。それでも、清国軍将兵の劣悪な指揮・統率や士気は戦史に詳しい。
この点、現代戦の多くで敵は見えない。瞬時に襲来するミサイル・魚雷の航跡を電子画面やソナーで確認し、迎撃兵器や回避行動で応戦する。兵器の進化は同時に《不可避》まで計測し、訪れる死の時間をも事前に弾(はじ)く。むしろ、現代戦の方がパニックに陥り易(やす)く、持ち場を離れぬ胆力が不可欠になる。
ところが戦意・錬度に乏しい中国軍の一部若手将兵は、パニックで持ち場放棄など命令外の行動に…。日頃親しむ《戦争ゲーム感覚》で、実戦をバーチャル・リアリティー=仮想現実と錯覚すれば、狂気が炸裂(さくれつ)…。
軍艦における各部署のチーフは准士官や下士官、場合により下級士官だが、中国海軍の場合、一部は小皇帝ら「新人類」が担っている現実を考慮に入れる必要がある。准士官や下士官の質の向上(=プロ集団化)を図っているものの、前述したFCR照射が《軍紀・軍律の弛緩》に起因するのであれば、パニックや“ゲーム遊び”の結果-という推論は残るのだ。
一人っ子世代ではないが、指揮官の命令だとしても問題だ。「精強な海自に撃たれる」と妄想し照射を命じたのなら、ロックリア提督の指摘通り、明らかに指揮経験と演習の不足。中国海軍同様海自も実戦経験はないが、ソ連海軍相手の実任務や米軍を敵に回しての演習が豊富で、互角以上の「戦果」をあげてきた。海自の実力を知っていて、恐怖心で前後不覚になる指揮官がいても不思議ではない。
ところでシリア内戦で、政府軍側の化学兵器使用なら劣勢挽回を急いだ焦りの証左。反政府軍側なら、圧倒的戦力差を埋めようとした《弱者によるリーサル・ウエポン=最終兵器》と位置付けられる。弱さで定評(反証アリ)のイタリア軍も第二次エチオピア戦争(1935~36年)で、苦戦すると毒ガスを使用した。
こうしてみると、精強な中国軍誕生もわが邦の国益を損なうが、家康が忌み嫌った「臆病者」も実(げ)に恐ろしい。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)