SankeiBiz for mobile

本棚は壁ではない。世界の入口だ。 今年は本棚をつくる読書の方へ 松岡正剛

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

本棚は壁ではない。世界の入口だ。 今年は本棚をつくる読書の方へ 松岡正剛

更新

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 この写真の掛軸は、ぼくの書を事務所スタッフの和泉佳奈子が表具したもので、いっとき松丸本舗の入口のガラスケースに掛けられていた。濃墨・淡墨2種の墨で「本」という旧字を遠近重ね気味に書いた。この写真では、それをカメラマンの小森康仁が井寸房に正月設えに見立てて飾っている。

 井寸房は「せいすんぼう」と訓(は)む。ここは、ぼくが仕事場にしている赤堤通り沿いの編集工学研究所と松岡正剛事務所が入っているビル(ISIS館)の1階玄関口のスペースで、来客は入ってすぐにこの白木の本棚が組み上がった井寸房で待っていただくことにしている。井戸を下から上に見上げたような光景であること、われわれはしょせん井の中の蛙ですといった意味をこめて名付けた。

 設計施工をしてくれたのは京都三角屋の三浦史朗君で、本格的な数寄屋造りの構匠である。その三浦君に前代未聞の本棚を組み上げたい、ついては幾つかの本棚寸法を言うので、それを自在に組み立てていってほしい、途中に隙間もつくってほしいと注文した。すばらしい木工本棚世界が出現した。

 世の中の本棚というもの、たいてい既存の出来合いを買ってきて済ませているようだ。図書館や書店は特注だが、それでもほとんどが同一規格が多い。書斎もそうである。せっかくの個人蔵書がホームセンターで買ってきたような本棚に並ぶ。並び方にも工夫がない。これではあまりにもったいない、つまらない。

 読書はのんべんだらりとしたものではない。最低でも「読前・読中・読後」という3段階がある。どの本を求めたいのか、そのため書店やアマゾンでどういうふうに本を探すのか。ここにすでに「読前読書」という段階が始まる。選書もまた読書なのだ。ついで、何かの本を1冊か数冊を入手するのだが、これを積ん読するか、ちゃんと読むかはべつにして、読み始める。これが「読中読書」だ。ふつうはこの段階だけを「読書しました」と名付けている。でも、これでは終わらない。その本を自宅か仕事場の本棚に置く。では、それはどこに置くのか。まさかアルファベット順ではあるまい。買った順でもないだろう。そこにはなんらかの工夫がある。ここに「読後読書」が継続していくわけなのだ。積ん読の場合も、床なんかにバラバラに置いておかないほうがいい。

 このように、どんな1冊の本だって、われわれの手元に近づいてきたときからというもの、いろいろ旅をするものなのである。本棚というのは、その本が通過する駅のプラットホームであり、百代の過客のための宿屋であり、また自分でつくりだす個人商店の店先なのである。

 本は、その1冊ずつに、著者・編集者・装丁者・写真家・販売部がかかわって、本文、タイトル、副題、目次、中見出し、帯文句、図版、写真、索引などという充実したコンテンツとメッセージとアイテムが、みごとなバランスとアドレスで収納されている。読書とはこれらすべてにかかわることなのだ。ジェラルド・プリンスやノースロップ・フライといった現代アメリカを代表するリーディング・フィロソファーたちは、このことを「本はつねにパラテキストを提供している」と言った。パラテキストというのは、本のコンテンツは本文だけでなく、タイトルから索引にまで及んでいて、それらは他の本とも並行的につながっているという意味だ。

 諸君、今年はひとつ、自分の仕事場と自宅の本棚の大胆な改変にとりくまれるといい。きっと気分がめちゃくちゃ高揚するだろう。

 【KEY BOOK】「10代の本棚」(あさのあつこ編著/岩波ジュニア新書、861円)

 作家のあさのあつこは10代の少年少女に一番奨めたいことは、「本棚で世界に出会う」ことだと言う。本棚は壁ではなく、たくさんの扉がついている入口群なのだと言う。本書はそういう10代に向けて、石井睦美・川端裕人・中井貴恵・前田司朗ら13人の作家やライターが本をガイドした。それぞれ独特の出会いを綴っているが、共通するのは「好奇心」こそが読書推進するエンジンだということだ。本棚は好奇心の見本帖なのだ。

 【KEY BOOK】「快楽の本棚」(津島佑子著/中公新書、798円、在庫なし)

 ぼくは津島佑子の読書力や読書指南力を信用している。本書で彼女が強調しているのは、読書は「自分の言葉から解放される」ことであり、そのことによって「新たに自分という生命の姿と形に出会える」ということだ。そのためには、まず本棚から勇気をもって危険な1冊を手にしてしまうことなのである。本書にモーパッサンの『ベラミ』、ロレンスの『チャタレー婦人の恋人』など、危険な香りのする作品が並ぶのは、そういう意図だ。とくに女性は参考にされたい。

 【KEY BOOK】「オバマの本棚」(松本道弘著/世界文化社、1365円)

 この本はちょっと変わっている。英語の達人の松本道弘がオバマの数々の演説の内容や片言隻句から逆算して、オバマの本棚はこんなふうになっているだろうと予測したものなのだ。浮上した本は『リア王』からマリリン・ロビンソンまで、マルコムXからビリー・ホリディまでいろいろだ。このように他人の本棚を想像してみるのは、たいへんおもしろい。ぼくは職業柄、たくさんの人物の書棚や書庫を覗かせてもらったが、それが今日のぼくの読書感覚を育ててくれた。

 【KEY BOOK】「本棚の本」(アレックス・ジョンソン著、和田侑子訳/グラフィック社、2625円)

 この本はさまざまなオリジナル本棚を世界中から取材して紹介する。針金型、ロッキングチェア型、梯子型、ランダム型、子供用シーソー型、伸縮型など、「変わり棚」オンパレードなのだ。モダンアートあるいはインテリアデザインとしての本棚だ。ぼくは実際には「変わり棚」は使わないが、それはぼくの好むコンテンツの並びを本棚に外在化したいからで、もっと本棚に冒されたいと思う諸君は、あえて奇妙な本棚を入手するのもいいだろう。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

ランキング