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【軍事情勢】触らぬ韓国に祟りアリ 

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【軍事情勢】触らぬ韓国に祟りアリ 

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首都ソウル市内で個人賠償を求めてシュプレヒコールを上げる、日本統治時代に日本企業に徴用された労働者や遺族ら。韓国では近代法の精神を無視した異端の立法や判決が恥も外聞もなく続出する=2013年12月4日、韓国(共同)  日本政府は早くも明治6(1873)年、太政官布告をもって《敵討(かたきうち)禁止令》を発布した。一方、韓国では今なお「仇(あだ)討ち文化」を背負う亡霊が社会に憑依(ひょうい)し、さ迷(まよ)う。まさか首は取れぬので、歴史を遡(さかのぼ)り、過去を現在の常識・法律で裁く、違法性の濃い遡及(そきゅう、事後)法を刀槍に、悪鬼の形相でどこまでも仇(かたき)=日本を追い駆(か)ける。関わらなければ災いは招かない。面倒なことに余計な手出しをするな-と警告する喩(たと)えに《触らぬ神に祟(たた)りなし》があるが、韓国との関係にこの教訓は生かせない。《触らなくても祟りがある》。

 仏人宣教師が見た異形

 《日韓併合(1910年)時代の親日家や対日協力者を売国奴と決めつけ、本人や子孫の財産を没収できる》

 《65年の国交正常化時に、日本からの経済協力5億ドルを盛り込んだ請求権協定を締結し『両国及び両国民間の請求権問題が完全かつ最終的に解決された』と確認。だのに戦時中、日本企業に徴用された朝鮮人労働者への個人賠償請求を可能にした》

 韓国は私有権の完全否定を含む、近代法の精神を完全に無視した異端の立法や判決を、恥じるでもなく続出させる。

 相手を討ち取るまで自身にさえ止めることのできない、異様な執念には戦慄させられる。フランス人宣教師シャルル・ダレ(1829~78年)も強い衝撃を受けた外国人の一人であった。

 ダレが李朝(1392~1910年)末期の1874年に著した《朝鮮教会史》の序論《朝鮮事情=平凡社》は、大国出身の白人キリスト者の、当時の東アジアに対する常識=偏見を考慮しても資料価値が高い。厳しい鎖国体制下の李朝に潜伏したほぼ唯一の欧米人組織・パリ宣教会所属の、他の仏人宣教師による頻繁な手紙を素(もと)にしているためだ。

 《父の仇(かたき)を討たなかったら父子関係が否認され、私生児となり、姓を名乗る権利さえなくなってしまう。この不幸は、祖先崇拝だけで成り立っている国の宗教の根本を侵す。父が合法的に殺されても、仇或(ある)いはその子を、父と同じ境遇に陥れなければならず、父が流罪になれば(流罪を仕向けた相手も)流罪にしてやらねばならない。暗殺された場合も同じ行為が求められる。犯人は大抵無罪となる。国民感情が彼に与(くみ)するからである》

 似て非なる仇討ちの変遷

 凄(すさ)まじい…。日本でも江戸時代(1603~1868年)、仇討ちは忠義とされ、公的に認められていた。目上の親族の仇は、藩庁などに届けた上で討つことが許された。しかし、たどった過程や幕引きは日韓で似て非なる。以下、文芸評論家・野口武彦氏(76)の著書《維新の後始末=新潮新書》の教えを仰ぎつつ小欄の考えを進める。まず戦国時代(15世紀末~16世紀末)に遡り、仇討ちとは対極にある《喧嘩(けんか)の禁制》より説く。

 《国(大名領国)と国との戦争が常態化し(功名争い等)味方内部の喧嘩が、自軍戦力を消耗する無視できない問題になった。戦時立法だった喧嘩両成敗法はしだいに恒久化し、適用範囲も社会全体に拡大。紛争解決は土地の大名裁判権にゆだねられ、私闘は死罪にするぞ、と脅かして抑止する『法による支配』という新たな時代を切り開いた》

 従って《忠臣蔵のようなドラマチックなケースは例外で、多くは個人の復讐(ふくしゅう)感情を抑制してまでも、御公儀(ごこうぎ)の裁定に服そうとした。だからこそ、公正な裁判を期待する日本の民衆の気持ちは伝統的に強い》。

 19世紀後半に明治維新を迎え近代国家へともがく中、国際で通じる公刑罰権確立が昇華への前提条件となった。不平等な日米修好通商条約(1858年)改正に向け、野蛮?とみられがちな仇討ちは禁止する必要もあった。幕末~明治初年までの仇討ちは勤王・佐幕の藩論統一をめぐる暗殺→報復が多く、対立の構図に終止符を打ちたい明治政府の意向も透ける。斯くして敵討禁止令は成立に至る。《武断統治から法治国家への流れ》に沿い、曲がりなりにも国体や国際環境の激変に即応した結果、仇討ちは役割を終えたのだ。

 とはいえ、禁止令前後にも《あちこちで敵討は行われた》。しかも、時代劇/歌舞伎ファンには残念な気もするが《『法のもとの平等』原理によってただの殺人犯扱いされた》。

 「非韓三原則」の薦め

 この点、韓国は今も仇討ちが「合法化」される。日韓併合や「慰安婦」問題といった歴史認識を“仇討赦免状”に仕立て上げ、日本に対しては《法による支配》や《法のもとの平等》より仇討ちが最優先する。

 「返り討ち」にすれば「怨(うら)み晴らさずにおくべきかッ」と一層祟られ、子子孫孫憑(つ)かれる難儀は明らか。触らなくとも、触っても鬱陶(うっとう)しいが、筑波大学大学院の古田博司教授(60)は《非核三原則》ならぬ《非韓三原則》という鉄則の貫徹を唱えておられる。曰(いわ)く-

 一、助けず

 一、教えず

 一、関わらず

 古田教授が行った1月の講演《地政学上の半島事情=日本戦略研究フォーラム主催》によれば、韓国は「形状記憶合金のように、李朝時代の体質=東洋的専制主義にどんどん戻っていく。どんどん学んだことを棄てていく」。「民主主義も資本主義の規範も成り立たなくなり(同じ体質を持つ)中国に更(さら)に擦(す)り寄り」今後「益々(ますます)、日本に迷惑をかけてくる」。「叩(たた)いてもしつこく、助けてもしつこい」。結局、日本は韓国を「できるだけ遠ざけて、しっかり覚悟して関わらないようにするべき」との見立てだ。

 ところで、韓国は朝鮮戦争中(1950~53年休戦)韓国に侵攻し、民間人を虐殺し、朝鮮半島を南北に分断した中国軍将兵の遺骨437柱を3月末に返還した。気味悪いほどの寛容。中国は仇討ちの対象ではないらしい。そういえば、古田氏は「中国は皇帝で、李朝は家臣」「中国と朝鮮は、互いに助け合うが、裏切り、かつ恨まない」関係を、歴史上繰り返してきた-とも論じた。

 古田氏も同じ境地かもしれぬが、福澤諭吉(1835~1901年)は朝鮮・中国の文明開化を支援しながら、最後は外交はともかく「気持ちにおいては断交する」と匙(さじ)を投げた。朝鮮半島有事や北朝鮮の核問題での日韓連携は不可欠なのに、韓国に失意を感じ挫折する、福澤のような日本人は激増していく…。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

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