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【軍事情勢】極希に挑発される中国 亡霊に導かれる「要塞艦隊」

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【軍事情勢】極希に挑発される中国 亡霊に導かれる「要塞艦隊」

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 中国軍は日本や東南アジアの国々に「挑発」を繰り返すが、極希に「挑発される」。対艦弾道ミサイル(ASBM)の「発射実験」の写真を公開した1月12日は、その類いだったかもしれない。発射の信憑性や詳細は不明だが、公開した日付が興味深い。米誌ザ・ナショナル・インタレストに正月早々掲載された、米海軍大学のアンドリュー・エリクソン准教授の論文《近海における中国の挑戦》に触発されたとしか思えないのだ。

 ASBMの「発射実験」公開

 エリクソン氏によると中国軍のASBM・東風21D(DF-21D)は《初期の実戦が可能で少数が既配備》。尖閣諸島(沖縄県石垣市)や台湾、朝鮮半島での有事を想定し、米空母打撃群を自国や作戦海空域に寄せ付けぬよう《抑止力強化を狙い》性能を限定的に見せ始めた。

 その一方で《初期生産と配備、実戦レベルに十分達したかを誇示するには、精緻なプログラムに基づく洋上への飛翔など各種実験をしなければならないが、失敗を恐れ未だに実施していない》と“注文”を付けていた。

 東風21Dは射程1500キロ以上(2000キロ説アリ)、開発が完全に成功すればマッハ10超で敵艦を襲う。ただ、米議会調査局は2013年3月の報告書で、防御可能で、戦略変更を迫る域に到達してはいないと断じる。例えば(1)中国軍の索敵→固定→追跡など初期段階で電波妨害を仕掛け、作戦自体を挫く(2)既存・新型の各種迎撃ミサイルやレーザー兵器を各高度・海域で重層的に組み合わせ撃ち落とす(3)東風21Dに直接電子妨害を掛ける-などは有効な戦法とする。

 しかし、弱者は強者に勝つべく、戦史を学習し、持てる資源で最善の戦法を編み出す。米海軍のアルフレッド・セイヤー・マハン少将(1840~1914年)の亡霊も没後1世紀を経て尚、中国軍を励まし、教え続ける。

 中国海軍は《外洋海軍》を目指している。基地の支援無しに、遠方の洋上で長期にわたり作戦行動できる海軍で、米海軍をもって代表格とする。これに比し沿岸・河港作戦に限られる中小型艦艇中心なのが《内水海軍》、外洋と内水の間に位置する海軍を《沿岸海軍》と呼ぶ。沿岸海軍は自国周辺を主な作戦海域としつつ、遠洋でも一定任務を達成し得る。現下の中国海軍はここに分類される。

 準外洋海軍でも脅威

 日米の専門家は中国がいつ、完璧な外洋海軍へと昇華を遂げるかを注視する。だが東風21Dの性能が飛躍的に向上すれば、当分は「外洋海軍に近い沿岸海軍」のままでも、自衛隊や米軍にとっては脅威となろう。

 なぜか-。米海軍大学のジェームス・ホルムズ教授ら多くの専門家が看破する、中国海軍の弱点の一つ《要塞艦隊思考》を起点に考えてみる。マハンによれば、艦隊運用は守勢的な要塞艦隊と攻勢的な《牽制=プレゼンス艦隊》の間で《調整=位置付け》した結果実施される。

 要塞艦隊とは何か。海防の要諦は海岸要塞が全てだと限定する学派にとり、艦隊は要塞防御・支援する以外に存在意義を持たない付属物。即ち、要塞艦隊は艦砲射撃で陸上戦闘を支援する他、逆に要塞火力の援護を受けながら作戦を遂行し、敵艦隊の要塞接近を阻む-を主目的とする。

 片や牽制艦隊とは軍港・要塞は補給・修理・将兵の休養に向けた一時的施設に過ぎず、攻撃力が大きく機動力に富む艦隊こそ敵に恐怖を与え、敵の行動を《抑止・制限》する。この力をもって制海権を確保すれば海防も担える-との理論。マハンの軸足は牽制艦隊に在る。実際、日露戦争(1904~05年)中、大日本帝國海軍艦隊との交戦を避け、艦隊を旅順要塞の海岸(要塞)砲射程内=旅順港内に留め、艦艇温存を図ったロシア軍の戦略を、マハンは《根本的誤り》と否定する。

 ホルムズ教授も、中国艦隊が力を付けるには守勢的な「要塞艦隊的思考」を払拭し、攻勢的な牽制艦隊へと《海軍文化を根本的に改める》ことが大前提と、弱点を指摘している。

 もっとも、以上はあくまで原則。マハンは、要塞/牽制2種類の艦隊の性格・役割をどちらかに一本化させるわけではないと強調。要塞と艦隊の実力の上下=力関係により、いずれが主役かを決める性格上の綱引き=《調整》を行い、その結果を艦隊の性格・役割の濃淡に反映させるのだ、と論ずる。

 非対称戦力で時間稼ぎ

 中国艦隊の性格・役割の濃淡を決める《調整》要素として、現代海軍戦略に突如浮上したのがASBMであった-小欄はそう考える。ASBMなる“要塞砲”の援護を受ければ「牽制艦隊に近い要塞艦隊」=「外洋海軍に近い沿岸海軍」のままでも相当な《抑止・制限》効果を生む。

 日露戦争当時、露旅順要塞を攻撃した日本側攻城砲(要塞砲を転用)の最大射程はわずか7.65キロだったが、ASBMの射程は1000キロ単位のオーダー。中国勢力圏は広大で、発射源の位置(陸上とは限らない)により日本列島はじめ、中国の対米軍絶対防衛線・第1列島線(九州~沖縄~台湾~フィリピン~ボルネオ)と将来的防衛線・第2列島線(伊豆/小笠原諸島~グアム・サイパン~パプアニューギニア)付近に撃ち込める。

 エリクソン准教授は東風21Dの、軍事衛星を含む《C4ISR=指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察能力は、既に空母攻撃を支援するに十分なレベル》と観る。射程に加え、精度を確立したASBMが中国勢力圏内の発射源=陸海上要塞に配備され、対艦ミサイルを装備する爆撃機・潜水艦や電子戦機などが連携・支援、縦深性を厚くすれば、沿岸海軍といえども牽制艦隊=外洋海軍に近い実力を一部担保。冒頭述べた東アジア有事で、来援が期待される米空母打撃群を《抑止・制限》する、中国軍の《接近阻止/領域拒否(A2/AD)戦略》を具現化する戦力と化す可能性は否定できない。

 “要塞艦隊”への本格的評価を、中国海軍が軍事史上初めて受ける事態が生起するのか、徹底的監視・分析が不可欠だ。

 正規軍に対抗するゲリラ部隊、強力な兵器に応戦するイレギュラー戦法を「非対称」戦力という。中国軍は、ASBM+“要塞艦隊”+αから成る米空母打撃群に対する非対称戦力で時間稼ぎしながら、着実に「対称」戦力を増強していく。(政治部専門委員 野口裕之)

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