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フィリピン台風被災地 ボランティア隊に参加(下) 「造ってくれた家は宝物」 築いた絆

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フィリピン台風被災地 ボランティア隊に参加(下) 「造ってくれた家は宝物」 築いた絆

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慣れない大工仕事にも一生懸命に取り組む学生ボランティアたち=2014年2月、フィリピン・パワラン州クリオン島(提供写真)  【Campus新聞】

 クリオン島の島内には、いたるところに修復途中の家屋があった。特にハンセン病回復者が住む家屋の修復が遅れているという。

 立地で異なる被害

 到着2日目。3、4人のグループに分かれ、修復を担当する家屋に向かった。沿岸部の家屋は、木材で造られた簡易な家が多く、そのほとんどが台風の強風と高波の直撃を受け、全壊した家も少なくない。家をいちから建て直すグループもあり、被害状況によって、作業内容も大きく異なる。

 私のグループは、内陸部にあるミアノさん(71)宅の修復を担当した。ミアノさんはクリオン島で生まれ育ち、今は娘、孫娘との3人家族。台風の強風で屋根が吹き飛ばされ、窓ガラスも割れた。母屋の部屋は今も使えず、隣の親戚宅に世話になっているという。

 私たちが携わったのは、母屋の天井の修復。まずは作業のための足場を作り、材料の採寸・裁断、打ち付けと一連の作業を現地の大工さんに教えてもらいながら一緒に行った。

 何十年も住み続ける

 休憩中には、ミアノさんとその家族、近所の人たちと話し、島の歴史やハンセン病について教えてもらった。

 「あなたたちが来てくれてうれしい」。島の人たちからかけてもらった言葉だ。5日間の作業の中で、経験のない自分たちにはできない作業も多く、そんな「学生」が来たことの意味は何なのかを考えていた。それでも多くの住民からかけられた感謝の言葉、そして、クリオン病院のクナナン医院長は、「あなたたちが携わって造られた家に、今後何十年も住む人々がいます。それを誇りに思って日本に帰ってください」という言葉に、私たちが来た意味を感じ、胸が熱くなった。

 交流を通して

 最終日のお別れのパーティーで、ミアノさんがスピーチをした。「女の子がノコギリ、金づちを持って作業をしていることに驚き、感動しました。皆さんが造ってくれた家は、私たちの宝物です」

 普段は寡黙だったミアノさんが熱い感謝の言葉を贈ってくれたことが本当にうれしかった。家の修復作業だけでなく、この5日間に島の人たちといろいろな形で交流したことが、それぞれの胸に思い出として残り、これからも日本とクリオン島、学生ボランティアと島の人たちをつなぐ「絆」になればと感じた。(今週のリポーター:宮城学院女子大学 有志学生記者 作間温子/SANKEI EXPRESS

 【編集後記】

 ■「ハンセン病問題」伝えたい

 クリオン島を訪れた当初、私たちは、英語でのコミュニケーションに加え、ハンセン病回復者の人たちの心のデリケートな部分に触れ、傷つけてしまうのではと、戸惑いながら交流していた。でも、その戸惑いはやがてなくなり、言語の壁を超えて触れ合うことができたように思う。異国の若者に最初は警戒心を持っていた島の人たちも、最後は別れを惜しみ、泣いてくれる人もいた。その涙を見て、島の人たちの気持ちに少しでも寄り添うことができたのではと思えた。

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