自分の力を出し切る
――2人には、競技以外でも、アスリートの立場に立ったさまざまな活動が期待されています。佐藤さんは、昨年9月に2020年東京五輪・パラリンピック開催が決まったときの、「スピーチ」で注目されました
鈴木さん「あの時期、日本代表の海外合宿に参加していたので生では見れなかったのですが、帰国後に何度も見て本当に感動しました。事前の報道などでは、東京はリードされていると言われていたのですが、佐藤さんたちの現地での頑張りが招致を実現させたのだと思いました」
佐藤さん「私たちも情勢が厳しいというのは覚悟していました。そんな中で私にできることは、自分の力を出し切るしかないと考えました」
鈴木さん「スポーツの力で困難を乗り越えた佐藤さんのスピーチは、世界中の人たちが共感し、心に残る内容だったと思います。私にはとてもできません」
佐藤さん「そう言ってもらえて、すごくうれしいですが、私も2万人近い人たちの前で演技することはできません(笑)」
――佐藤さんは3年前から英会話を本格的に学び始めたそうですが
佐藤さん「海外遠征のときに、まわりの選手たちに思い切って話し掛けたのがきっかけです。それまでは海外に行く機会があっても勇気が出なくて。ちょうど大学院に通い始めた時期で、海外のパラリンピック選手の環境を調べるために、外国の友人をつくる必要性にも迫られていました。最初の一歩を踏み出すと、大会に合わせてコンディションを最高の状態にもっていく『ピーキング』の方法を教えてもらったり、いろいろな刺激をもらって競技の記録も伸びました」
鈴木さん「私も夏場に、新シーズンの演技の振り付けも兼ねて米国のデトロイトに1カ月ほど滞在しています。レンタカーは運転するのですが、なかなか英語は上達しません」
佐藤さん「思いを言葉にすることが楽しくなってくれば、上達も早くなりますよ。海外に行くことが楽しくなって次はもっとうまくなろうと、目標ができます」
鈴木さん「それが競技力の向上にもつながっていくのは素晴らしいですね。フィギュアは演技の表現で、言葉が話せなくても通じてしまうところがあります。でも、佐藤さんの話を聞いていて、きちんと話せるように頑張ろうと思いました」
コツコツ努力する
――佐藤さんは日本でも講演活動をこなしていますね。その中で一番訴えたいと思っていることは何ですか
佐藤さん「芯にあるのは、命の大切さですね。一人一人、自分に与えられた命を輝かせていくためにどうすればいいか。私自身も夢や目標を持つことで、人生の新しい道が開けました。病気を経験したことで、つらいことがあってもトンネルを抜ければ明るい未来があることを身をもって知りました。その経験を踏まえて、これから壁にぶち当たるであろう子供たちに、自分で限界ラインを作ることなくチャレンジする姿勢を持ち続けてほしいと伝えていきたい」
鈴木さん「実は4月10日に本を出したのですが、佐藤さんが話したことと共通点が多いです。本のタイトルは『ひとつひとつ。少しずつ。』(KADOKAWA中経出版)。29歳まで現役を続けるというのは、フィギュアの選手としては異例の長さですが、私はいろいろな技術の習得が他の選手より遅かったのです。ジャンプにしても、才能的には国内外のトップ選手に比べてもすごく劣っていました。10代の子が簡単に跳ぶ連続3回転を初めて跳べたのが、3年前ですから。でも、スケートが大好きなことと、あきらめずにコツコツやってきたということには胸を張れます」
佐藤さん「五輪に出るには、特別な才能が必要だと思ってしまいますよね」
鈴木さん「特にフィギュアはスタイルが良くて、才能がなくては駄目という印象があると思いますが、私の場合はそうではありません。普通の子供でも頑張れば五輪に出られるんだということを私を通して、知ってもらいたい。そして、普通の子供たちが競技を続けていく希望になればいいなと思っています。10代で芽が出なくても、そこであきらめなければ、20歳を超えてからでも十分に伸びる可能性がる」
佐藤さん「五輪やパラリンピックに出られなくても、そうやって努力した過程は無駄にはなりませんよね。それが、スポーツのいいところです」
鈴木さん「最初は五輪に出たいと思って滑り始めても、そのうちに現実を知ることもあります。そこで、五輪に出られないからあきらめるのではなく、全日本選手権の出場といった次の目標を作って、そこに向けてどれだけ努力できるかが大切だと思います。努力して壁を乗り越えることで、いろいろなことを学べるはずです」
佐藤さん「今の自分を少しでも超えていくことが大事だと思います。私の場合、そう思えるようになったのは、25歳をすぎてからです。それまでは他人と比べて自分を苦しめていましたが、自分と向き合えるようになった。この年齢まで競技を続けてきてよかったです」
鈴木さん「負けず嫌いな性格はなかなか変らないのですが、今は他人に対してではなく、自分に対して負けず嫌いです。練習でやってきたことを本番で出せないと、自分がすごくいやになったり…。人がどうこうというのはなくなりました」(司会・構成:田中充/撮影:大橋純人/SANKEI EXPRESS)
■さとう・まみ 1982年3月12日、宮城県気仙沼市生まれ。早大時代に骨肉腫を発症し、20歳のときに右足膝下を切断して義足生活に。大学3年だった2003年1月から高校時代以来の陸上競技を再開。女子走り幅跳びで04年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続でパラリンピックに出場。昨春にマークした5メートル02センチは義足選手の日本記録。サントリーに勤務する傍ら講演などでパラリンピックの普及・啓発にも取り組む。
■すずき・あきこ 1985年3月28日、愛知県豊橋市生まれ。フィギュアスケート女子シングルスで2010年バンクーバー五輪8位入賞、12年世界選手権銅メダル。邦和スポーツランド所属。趣味はヨガ、読書。