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孝道培い日本の心取り戻す一歩に 鈴木日宣
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山も田んぼも美しい緑に彩られる季節になりました。初夏の風は新緑の間を通り、爽やかな香りを運んでくれます。「風は塵埃(じんあい)を払うを以(もっ)て行と為(な)し」との日蓮聖人のお言葉がございますが、本当に心の中のちりやほこりまで払ってくれるかのようです。皐月(さつき)の風には不思議な清らかさがあるように思います。
内閣府のホームページの「平成24年版高齢社会白書」に「高齢者のいる世帯は約4割。そのうち単独、夫婦のみ世帯が過半数」とありました。子供との同居が減る一方で、一人暮らしや老夫婦のみで暮らされる人が増えています。しかし高齢者にとって配偶者や子供が心の支えとなっている人は多いそうです。年を取れば自分の思い通りに手足が動かず、転んだり病気になることも多くなります。そのような高齢者が単独、または老夫婦のみで暮らすことに不安を持つ人は少なくありません。なぜ子供がいても、子供が支えと思っていても一緒に暮らせないような世の中になってしまったのでしょう。
それは戦後民主主義の名のもとに流れ込んできた「個人主義」「自由主義」が原因で「孝」の精神が蔑(ないがし)ろにされ、このような事態が起こっているものと思います。「個人」で考えれば親も子も平等。もし子供が親より社会的地位が上になり、孝養心を忘れて、親を蔑ろにする心があればその人の生命はもはや「人間界」ではなく「畜生界」です。それでは動物と何ら変わりがありません。
個人重視になっているから親に対しても、また社会や国に対してもその価値を軽く考えるようになるのは必然の結果です。すべての人間が自分中心に物事を考えれば、夫婦、家庭、社会、国家が円満に成り立つ訳がありません。
夫婦においては『愛』
家庭においては『孝』
社会においては『信』
国家においては『忠』
個人がそれぞれを中心にしていくことによりすべてが円満に成り立っていくのです。
「親」と「子」とは本来平等に考えるべきものではありません。親は生活のために懸命に働き子供を養育し、自立した人間に育てるという責務がありますが、子供はそれを当たり前と思ってはならないのです。育ててくださる「恩」を知りそれに報いるよう努力し、親孝行を実践することが大切であると思います。それは社会や国家に対しても同様です。「してもらって当たり前」ではなく、「恩を知り、恩に報いる」ことを学びそして重んじ、親あってこそ、社会あってこそ、国家あってこその自分という考え方を第一としていかなければならないと思います。
戦後「忠孝」の精神は米国の政策によって荒廃してしまいました。その結果が現在の錯乱した日本国家です。私は師匠から「孝道は人としてごく当たり前の心の動き。きれいな花を見れば自然と美しいなぁと感じるだろう。そのような素直な心で親に向かったときに自然にわいてくる感謝の心。それは人間の自然の心理なんだ。孝養心は人として最初に覚えるべきものである」と教わりました。幼いころから親への感謝やありがたさを教えた「孝道観」を培っていくことが日本人の精神を取り戻す第一歩となるものと私は思います。
≪日々、両親に感謝の気持ちを≫
親の恩とは具体的にどういうものでしょうか。父母恩重経には十種の恩徳について説かれています。
(1)懐胎守護(かいたいしゅご)の恩(十月十日の間、母の肉体から栄養をもらって肉体が成就する)
(2)臨産受苦(りんさんじゅく)の恩(月が満ちて子が生まれるとき、大きな痛みから悩乱するほど苦しむ)
(3)生子忘憂(しょうしぼうゆう)の恩(子が生まれ落ち産声を聞けば生みの苦しみをも忘れる)
(4)乳哺養育(にゅうほよういく)の恩(乳を与え養育する)
(5)廻乾就湿(えけんじゅしつ)の恩(霜や雪の時でも乾いた所に子を寝かせ、親は湿った所で寝る)
(6)洗灌不浄(せんかんふじょう)の恩(臭いをいとうことなく子の汚れたおむつを手で洗う)
(7)嚥苦吐甘(えんくとかん)の恩(食物を含み苦い物は飲み込み、甘い物は吐き出しても子に与える)
(8)為造悪業(いぞうあくごう)の恩(子のために自分が悪業を作ることもいとわない)
(9)遠行憶念(おんぎょうおくねん)の恩(子が遠くへ行けば、寝ても覚めても心配する)
(10)究竟憐愍(くぎょうれんみん)の恩(自分が死んたあとでも子を護りたいと願う)
この世に親のない人は誰一人として存在しません。特にお子さんを持つ方は親の恩をより実感されると思います。時代は変わっても、親の恩は変わるものではありません。聖人賢人といわれた方々はみな親孝行でありました。
たとえどんな親でも親は親。「自分という存在は親あってこそ」とより深く考え、父の日、母の日などに関係なく日々、御両親に報恩感謝の気持ちを「言葉」や「態度」で表していただきたいと思います。(尼僧 鈴木日宣/撮影:伴龍二/SANKEI EXPRESS)
7年間社会人を経験したあと内田日正氏を師として26歳で出家。日蓮宗系の尼僧となる。現在は千葉県にある寺院に在住し、人間界と自然界の間に身をおきながら修行中。