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コミカルに楽しみながら仏教伝われば 「空色カンバス」著者 靖子靖史さん
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三十路間近の住職・隆道と、高校3年生の妹・ゆかり。父母を失い2人だけで暮らす寺に、ある日謎の美女・千尋がやってきた-。仏教をキーワードに、生きる道に悩む登場人物の成長を爽やかに描いた小説『空色(くうしき)カンバス』。靖子靖史(やすこ・やすふみ)さん(26)の実家は寺で、自身も大学院で宗教学を学んだ。深い知識と新鋭のみずみずしい感性によって生まれた、青春禅ノベルだ。
ライトノベルの文学賞を受賞し、デビュー。ミステリー手法を使った青春奇譚(きたん)で注目を集め、3作目となる本作が初の一般文芸作品となる。「より多くの読者に届けたいという思いで、パロディーや大げさな表現は控えめにしました。けれど、ラノベだけじゃない部分は自分の中にもともとあった」。コミカルな会話や表現はラノベ出身だけあってお手のもの。しかし、登場人物の繊細な心理描写や確かな筆力は、全ての年代の読者の胸に届く。
「夫から逃げてきた」と訴える千尋を、隆道はゆかりの反対に遭いながらも居候させる。父母を失った悲しみを引きずりながら進路に悩むゆかり、謎に満ちた千尋、そして2人を見守る隆道…3人の奇妙な共同生活が始まる。
物語は隆道とゆかりの交互の視点によって語られるが、当初は隆道だけの視点だった。「隆道だけだと、どうしても仏教に寄りすぎてしまった。自分の実家が寺だったり、宗教学を学んだりしていたからこそ、どうしても書きすぎてしまうんですね。でも、ゆかりの視点を挟むことで、仏教への距離をうまく作ることができた」
その言葉通り、物語に盛り込まれた仏教の教えは、あくまで自然。「『仏教がテーマ』と最初からうたってしまっているから、それで中身も仏教ばかりだとお説教臭くなってしまうでしょう? 仏教ってすばらしい、ということを言いたいわけではない。物語を楽しんでもらって、そのついでに『仏教ってこういうものなんだよ』と伝われば御の字です」
本作は、父親にささげる作品でもある。東京でアルバイトをしながら小説を執筆していたが、住職をしていた父親が病に倒れ、実家がある鳥取県へと戻った。「仏教をテーマにした作品はこれが初めて。とにかく父に読んでほしくて」。昨年10月、闘病の末亡くなったが、原稿は最後まで読んでもらうことができた。「使命を果たせた気がした」
失うこと、それでも生きていくこと。自然に挟み込まれた仏教の教えが、主人公たちを導く。「仏教って厳しい部分もあるんですけれど、決してそれだけではない。特に作品中にも盛り込んだ釈迦のある一言は、自分にとっても救いになりました。そういう所があるから、自分は仏教を好きなんだと思います」
「いろんな意味でステップアップになった」と語る本作。「言葉を選ばない表現だけれど、仏教は自分の『武器』になる。仏教を知りたがっている人は多いはず」。これからも、道を照らす新たな言葉を生み出してくれるはずだ。(塩塚夢、写真も/SANKEI EXPRESS)
「空色カンバス」(靖子靖史著/講談社、1500円+税)