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物価上昇しても…デフレ呼ぶ増税値上げ

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物価上昇しても…デフレ呼ぶ増税値上げ

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消費者物価と雇用者報酬の推移(1997年~2013年)。※各年12月  【国際政治経済学入門】

 民主党の菅直人(かん・なおと)政権時代の2011年6月、消費税増税案を作成した与謝野馨(よさの・かおる)経済財政担当相(当時)と会ったとき、筆者が「デフレ下での消費税増税は避けるべきではないか」と反対論をぶったとき、与謝野氏の脇にいた官僚氏が傲慢にも口をはさみ、「消費増税すると物価が上がりますからね」とニタッと笑った。そんな経済に無知な官僚が裏で増税案をとりまとめ、メディアを操縦し、政治家たちを篭絡(ろうらく)し、国民の運命を狂わせてきた。

 「無知」と言ったのは、「物価上昇=脱デフレ」という短絡的な思考のことである。1930年代のデフレ恐慌時代に「雇用・利子および貨幣の一般理論」を著したJ・M・ケインズはデフレについて、「物価下落が続くという予想が広がっていること」と定義したばかりでなく、「(デフレは)労働と企業にとって貧困化を意味する。したがって、雇用にとっては災厄になる」と考察している。つまり、デフレかどうかは物価と雇用の両面から判定するべきだと説いている。

 米国ではこの見方が定着していて、物価変動率が例えプラスであっても、雇用状況が悪化していれば、政府も連邦準備制度理事会(FRB)もそれを重視する。リーマン・ショック後、FRBは物価上昇率がマイナスからプラスに転じた後も、失業率の改善が思わしくないことから、大量にドル資金を発行しつづける量的緩和政策を続けてきた。

 「物価さえ上がれば、デフレからの脱出だ」と思い込んでいるのは、官僚ばかりではない。官僚たちを教えた大学教授たちがそうだ。

 今月(5月)19日付の日本経済新聞の経済教室の寄稿者の某教授氏は「4月18日付『経済教室』で東京大学の渡辺努教授が指摘したように」との前置きに続け、「消費税率の引き上げが価格の硬直性を弱め、デフレ脱却の契機を与えているという解釈も可能かもしれない」と述べている。「価格硬直性」とはコストが変わっても企業は販売価格を改定しない傾向を指す。今回の場合、企業が消費増税の機会を利用して消費税増税分以上に値上げするケースが目立つのを、某教授は学者言葉で硬直性が弱くなったと評価した。

 平たく言えば、消費増税分を価格に転嫁するついでに、増税分よりもっと値上げする企業の行動が脱デフレにつながるのではないかと、期待するわけだ。東大の渡辺教授見解なるものまで引用し、しかも「デフレ脱却の契機を与えているという解釈も可能かもしれない」という二重、三重の逃げまで打っているところをみると、確固とした学術的考察でもなさそうだが、「値上げ=脱デフレ」という思考は隠しようがない。そんな経済学のレベルだから、大学で教育を受けた官僚が「増税値上げで脱デフレだ」と言ってはばからないのも無理はないだろう。

 拙論がこうした官、学のエリートたちを批判する主たる根拠はケインズというわけではない。日本の慢性デフレというものを、「物価下落をはるかにしのぐ速度で勤労世代の報酬が下がっている状態」とかなり前から定義してきたからである。

 グラフはそれを示す。1997年度の消費増税で消費者物価は上昇したあと、98年末からじわじわと下がり続けてきたのが、2007年にいったん下げ止まった後、08年のリーマン・ショック以降、再び下落し、「アベノミクス」が始まった13年に上昇に転じた。13年の物価水準は97年に比べて3%弱の下落幅にとどまる。だが、それでも「デフレ」は続いている、と拙論は断言する。雇用者報酬のほうは16年前に比べて10%余りも縮小しているのを重視するからだ。

 物価、雇用者報酬とも少しずつ上向いているではないか、と指摘する向きもあるかもしれない。しかし、物価上昇分を名目賃金から差し引いた実質賃金はこの1~3月期は、前年同期比1.8%減と下降が続く。春闘によるベアも大企業ですら1%に満たないし、消費増税分を加えた物価上昇率は日銀政策委員会見通しで今年度はプラス3.3%に上る。物価の大幅な上昇の半面で所得がわずかしか増えない家計が、消費に回せる金は減る。家計がそれを実感し出すと、企業は需要減に直面し、価格を下げるようになる。値下げしてもいったん低下した市場シェアを回復できず、利益減の割合は値下げ率をはるかに上回る。企業はそこで賃金や雇用を減らすようになる。これが、97年度の消費増税から1年以上たった後から始まった日本の慢性デフレの実相である。需要が弱い環境下での値上げは官僚や教授たちが言うように脱デフレの契機になり得るのではなく、その逆で、デフレを加速させるきっかけになり得るのである。(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS

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