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地域に根付くとっておきの名店 パンライター 池田浩明さんに聞く
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人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲。そして4番目は「パン欲」だ-。パンを食べたくて食べたくてたまらない、そんな欲望に導かれるまま日本全国を旅した様子を著書『パン欲』(世界文化社)にまとめたパンライター、池田浩明さん。半年かけて巡った全国のパンの聖地の中から、とっておきの6店を教えてもらった。
パンは、土地と、そこに生きる人が作るもの。地域性が如実にあらわれる。
まずは北海道帯広市の「麦音(むぎおと)」。十勝地方は小麦の一大産地。麦音は地元産小麦を100%使用している。十勝産の小麦の品種の一つ「キタノカオリ」のよさを堪能できるのが、チャバタ。東京の有名店のシェフから教えを請い、作ったもちもちした味わいが特徴だ。「東京では高級パンという位置づけですが、ここでは鶏肉を挟んだりと、総菜パンとして日常的に食べられている。小麦の産地ならではの、とても豊かなパン文化が根付いているのです」と池田さん。
関東にも“パンの聖地”が。神奈川県伊勢原市の「ムール ア ラ ムール」は、「日本の小麦でうまいパンは作れない」という常識を覆そうとした“伝説のパン職人”、高橋幸夫さんの遺志を継ぐパン店だ。周辺農家で育った小麦を、自家工場で製粉し、使用。小麦の保管温度や、香りをより引き出すための挽き方までこだわる。「これまでのパンは『いかに本場のフランスに近づけるか』でしたが、これからは『日本の小麦で日本にしかないパンを作る』という方向性になるはず。そんな未来を予感させます」
旅した中には、「なぜこんな場所に!?」というロケーションの店も。長野・志賀高原の「横手山頂ヒュッテ」は、なんと標高2307メートルに立つ。「荒野を抜けて店に入ると、焼きたてのパンが並んでいる…幻覚を見ているような気分になります」。宿泊施設だが、約50年前に嫁いできたという神戸出身の女将が、「山の上でもパンが食べたい」というパン欲に導かれ、パンを焼いている。「外界と隔絶された環境ゆえ、約50年前の神戸のパンのイメージがそのまま保存されている。ホッとするクラシカルな味わいです」(池田さん)
昔懐かしいパンを今なお味わえることができるのは、神戸市東灘区の「フロイン堂」も同じだ。こちらは80年前の製法をそのまま引き継いでいる。「船」と呼ばれるこね桶の中、手作業で生地をこねる。焼くのは昔ながらのレンガ窯。重労働だが、おいしさに直結する理由がある。「手ごねだから、生地の粘りを手で感じることができる。直火ではなくレンガを通じて熱を与えることで、高温を維持できふっくらと焼き上がる。次世代に伝承すべき技術がここにある。まさに『パンの文化遺産』です」
未来のパン店のあり方に果敢にチャレンジする店も。岡山県真庭市の「タルマーリー」だ。ここでは、あんパンなどに使われる酒種のもととなる麹(こうじ)を、自家培養している。麹は培養が難しいため、麹店から購入するのが普通。しかし、ここでは自然栽培(肥料も農薬も使わない栽培法)のコメを使うことで麹づくりを成功させた。現在は麹だけでなく、ビール酵母も自家培養している「発酵の専門家」でもあるのだ。「自然の循環の中でパンを作る。添加物を使わない食生活と、地域で食の全てをまかなう循環型社会にもつながります」
最後を締めくくる“聖地”は沖縄から。宜野湾市の「宗像堂(むなかたどう)」はハード系のパンと、自家製酵母を沖縄県に広げたパイオニア的存在。「自家製酵母は発酵がゆっくりなので、沖縄の県民性に合う。素材もおばあちゃんが海でとってきたアオサだったりと、地元ならでは。『沖縄』がぎゅっと詰まったパンなので、その場に行って食べるのが一番おいしい」
パンを通じて、土地を、人を味わおう。(塩塚夢/SANKEI EXPRESS)
※池田浩明さんの著書『日本全国パンの聖地を旅する パン欲』(1400円+税)。パン好きなら一生に一度は味わいたい特別なパンを求めて数百キロを旅し、書き下ろした。