SankeiBiz for mobile

スタンド・バイ・ミー(いつもぼくのそばにいてね) 少年の心を描くホラー作家スティーヴン・キング 松岡正剛

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSのトレンド

スタンド・バイ・ミー(いつもぼくのそばにいてね) 少年の心を描くホラー作家スティーヴン・キング 松岡正剛

更新

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)  【BOOKWARE】

 スティーヴン・キングの特異な才能には驚かされる。日常の隙間にひそむ「奇妙」というものを、これほど巧みに身に迫る恐怖にじょじょに変換してみせる作家は、そうそういなかった。しかもその恐怖はわれわれがどこかに必ず隠しもっているトラウマや集合的記憶にもとづくものなのだ。

 キングは風変わりな少年だったようだ。父親は2歳のときに煙草を買いに行くと言ったまま帰らず、小学校1年のときは体調を壊してまる1年を休んだ。コミックばかり読む子で、家に風呂がなかったので凍えるような日も親戚の家まで歩かなければならなかった。それなのに肥満児だった。

 子供時代を通して、ずっと殺人事件の新聞をスクラップしている。そのうち母からタイプライターを貰い、小品を書くようになった。高校大学はなんとか出たが、教師の職についても食えず、トレーラーハウスで寝泊まりしながら書き続けた。

 1973年、26歳で書いた『キャリー』が売れた。これでやっと生活できるようになると、次に『呪われた町』と『シャイニング』を書き、そのままディーン・クーンツと相並ぶモダンホラー人気作家としてスターになっていった。その作品は次々に映画化もされたが、キングはそうとうに自尊心も強く、キューブリックの『シャイニング』は気に入らず、自分で別に監督するようなところがあった。

 ぼくが大好きな『スタンド・バイ・ミー』は短編集『恐怖の四季』のなかのひとつで、原題は『死体』だ。ロブ・ライナーが映画化するときにベン・E・キングの独白的な歌をかぶせて、この題名にした。「いつもぼくのそばにいてね」という意味だ。ひと夏の少年たちの体験に、ぴったりだった。この映画の出来には、意固地なキングもさすがに感動したらしい。

 キングの少年を描く手口は異様にすばらしい。平凡な町の日常の中に集う少年たちの心を、何げない出来事や符牒を合図にして、一気に邪悪と回心の遍路に引きこんでいくのである。そこにはたいてい対極者としての悪徳や超常現象が控えているのだが、その恐怖の厄災はすぐにはおこらない。なぜなら、それは少年や少女がすでに幼い頃に想像してしまっていたものでもあったからだ。

 ぼくにも「いつもそばにいてね」と思っていた或る空想があった。けれどもそんなぼくの秘密も、キングの手にかかったらたちまち暴露されてしまうだろう。

 【KEY BOOK】「キャリー」(スティーヴン・キング著、永井淳訳/新潮文庫、767円)

 処女作。父親のいない少女キャリーは狂信的な母親に育てられ、暗い日々をおくっている。やがて授業後のシャワールームで初潮を知ってパニックに陥り、クラスメイトたちのいじめにあう。教師や友人たちの葛藤と意地悪の渦中で、少女の内なるテレキネシス(念動能力)が発動する。伏せられた潜在力がしだいに臨界に達していくプロセスの描写力は、その後のキングのすべての作品に通じる。ブライアン・デ・パルマが映画化した。

 【KEY BOOK】「スタンド・バイ・ミー」(スティーヴン・キング著、山田順子訳/新潮文庫、810円)

 少年たちのひと夏の体験を描いた珠玉の短編だ。適度に不良でありたい少年たちに、仲間の一人が行方不明のまま死んだという噂がとびこんでくる。主人公はその謎を追って死体を発見するのだが、不良グループのボスはそれを引き渡せと言う。かれらも町はずれを越え、鉄橋を渡って死体捜しをしていたのだった。些細な好奇心が発しておこる出来事を通して、少年たちの共通の亀裂が露出し、そして綴じられる。人生一度の夏だった。

 【KEY BOOK】「IT」(スティーヴン・キング著、小尾美佐訳/文春文庫、961円)

 メイン州デリーの町で不可解な子供の連続殺人事件がおこる。そのニュースを聞いたマイクは蒼白になる。子供時代に6人の仲間とともに身も凍る体験をした記憶が蘇ったのだ。マイクは仲間に連絡をする。「イットが戻ってきた」。かつてキングが住んでいた町が舞台だ。イットはピエロの恰好をしている邪悪者なのだが、それ以上の正体はいくら読んでもわからない。キングは少年にひそむ共通のトラウマを引きずり出したのである。

 【KEY BOOK】「書くことについて」(スティーヴン・キング著、田村義進訳/小学館文庫、864円)

 キングはあるときから、自分の作品づくりの秘訣を披露しはじめた。本書はその代表エッセイのひとつなのだが、手口の開陳の仕方が小説とは異なるエッセイであるにもかかわらず、まことに巧みなのだ。技法を紐解いているのに、読む者をまるで小説を読んでいるかのように、ぞっとさせる。小説の随所に、アメリカ人なら誰もが知っている商品の特徴やブランド名を入れることで、読者を現実の日々に錯覚させる手法なども、公開している。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS

 ■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。80年代、編集工学を提唱。以降、情報文化と情報技術をつなぐ研究開発プロジェクトをリードする一方、日本文化研究の第一人者として私塾を多数開催。おもな著書に『松岡正剛千夜千冊(全7巻)』ほか多数。「松岡正剛千夜千冊」(http://1000ya.isis.ne.jp/

ランキング