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攻撃性ない色彩 穏やかな創作環境守る 障害者施設で制作 「楽園としての芸術」展
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濱田幹雄「無題」(2009年、提供写真)。(C)Shobu_Gakuen
「しょうぶ学園」(鹿児島市)と「アトリエ・エレマン・プレザン」(三重県志摩市、東京都世田谷区)で制作された絵画や工芸品を展示する「楽園としての芸術」展が、東京都美術館(台東区上野公園)で開かれている。ダウン症などの障害を持つ作り手たちの屈折のない、平和な表現は、アール・イマキュレ(無垢の芸術)と呼ばれている。世界的に障害者のアート作品が市場で脚光を浴びる中、彼らの作品をどんな基準で評価するのか、彼らにとってどんな創作環境がベストなのか、ということを考えずにはいられない。
展示作品98点のうち、いくつかを紹介しよう。
しょうぶ学園に所属する濱田幹雄さんの「無題」は、縦1メートルを超える大作。黒地に緑、黄色、赤(茶)の格子がびっしりと描き込まれている。強い色彩は、南国特有の輝きだ。さんさんと輝く太陽の下で、入り組んでいる畑や林、地面のようにも見えてくる。
同じ所属の野間口桂介さんの「無題」は、4年に及ぶ刺繍(ししゅう)で、シャツの生地が板のように変わった。それとは裏腹に、軽やかさや優しい色彩の調和が心地よい。
アトリエ・エレマン・プレザン所属の作品は、弾むような色彩が特徴だ。
冬木陽さんの「あか」は、中心の赤が存在感を示すが、周りの色たちも包むように赤を支えながら調和している。
対照的に、中野圭さんの「花火」は、色の線が縦横無尽に走る。まさに光が飛び交う花火の本質を描いている。
作り手たちは、ダウン症や自閉症、知的発達の遅れなどの障害を抱えている。彼らの創る作品はどれも、攻撃性や争いのない作風が特徴だ。
人類学者の中沢新一氏は2011年に行った講演会(明治大・野生の科学研究所)の中で、アトリエ・エレマン・プレザンの作品との出合いについて「闘争がないんですよ。色彩が戦争しないんです。(中略)私にとっては大変な驚きで発見」と、アール・ブリュット(生の芸術)作品との違いを説明している。
1973年に設立した知的障害者の施設「しょうぶ学園」(社会福祉法人太陽会)では、入所者・通所者が絵画などの創作を行う以外に、障害者の感性を取り込んだ「クラフト」を販売している。1991年に設立したアトリエ・エレマン・プレザンでは、主にダウン症の通所者が、自由に絵を描く。
両施設に共通しているのは、作り手たちに、アートの技術や理念について「何も教えない」ことだ。かつては大島紬(つむぎ)や竹細工の下請け作業をさせていたしょうぶ学園では、障害のある人が楽しめないことを無理にやらせることをやめ、自発性に任せることにした。
多くの作り手たちの特徴は、つくる行為に幸福を感じ、つくり上げた作品には興味がないこと。さらには、うまく作ろう、評価されようという意識とも無縁。だから、彼らにとって作品は、「無垢」の衝動から生まれた表現の結果にすぎず、作品を展示して鑑賞する意味を理解できない人も多いという。
2010年にパリで開かれた「アール・ブリュット・ジャポネ」の成功などをきっかけに、日本でも障害者アートの環境を整えようという動きが出てきた。
文化庁と厚労省が共同開催してきた「障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会」は昨年8月、展示機会の拡大や、障害者・福祉施設・美術関係者のネットワーク構築、著作権保護を柱にした中間とりまとめをした。これに基づき今年度は、展示公開の拡大につながる活動を支援する事業などを行っている。障害者アートを取り巻く環境は、市場化に向けて突き進んでいるようにも見える。
しかし、両施設の関係者は、大事にしてくれることを条件に作品の一部を買ってもらうことは認めるが、創作活動そのものが生業になることについては否定的だ。
しょうぶ学園統括施設長の福森伸さん(54)は、「価格がつくことは価値が決まることとイコールだが、本人たちは、売るというテーマを持っていない。自分たちが教え込めば、理解する人も出てくるかもしれないが、彼らのピュアさが失われる可能性がある」と話す。福森さんが重視するのは、できるだけ多くの人に見てもらい、作品を通して作り手を、一人の人間として「理解、尊敬してもらう」ことだ。
アトリエ・エレマン・プレザン主宰者の佐藤肇さん(68)は、「消費社会に巻き込まれるな、ということでやってきた。芸術と消費文化の関係は終わるべきだ。みんなが平和に穏やかに、その場をつくるために資金を出して、作品が大事にされるべき時代だ」と提案する。
障害者のアートに向き合うことは、すべてを貨幣に置き換えてきたこれまでのアート市場のあり方を、もう一度考え直す機会になるのかもしれない。(原圭介/SANKEI EXPRESS)